それでも続ける
同じことを、ただ繰り返していた。
昨日と同じ場所。昨日と同じ、埃っぽく湿った空気の中。
マーガレットは、そこにいた。
彼女の周りには、透明な、しかし決して超えることのできない壁があるかのようだった。
人々は彼女を避けて歩き、彼女の存在を視界の端に捉えても、次の瞬間には存在しないものとして処理した。
誰も、彼女を呼ばない。
「手伝え」とも、「どけ」とも言われない。
ただ、彼女はそこにいる。
道端に落ちた布を拾い、泥を払い、近くの荷台の上に置く。
ただ、それだけだ。
拾い上げた布の感触、指先に残る微かな冷たさ。
それだけが、彼女がこの世界と繋がっている唯一の証拠だった。
誰も見ていない。見ていても、見ていないふりをする。
彼女の善意を認めることは、自分たちが耐えてきた絶望の記憶を裏切ることになる。
人々はそれを本能で知っていた。
一人の男が、彼女の横を通り過ぎる。
一瞬だけ、鋭い視線が彼女の横顔を射抜いた。
かつてなら、その視線だけで彼女は人を殺めていたかもしれない。
だが今は、その視線さえも、彼女は静かに飲み込んだ。
男はすぐに視線を逸らし、唾を吐き捨てるようにして去っていく。
何も言わない。
それでも、彼女の手は止まらなかった。
子供が、広場の向こうでまた転んだ。
今度は、マーガレットの手が届く場所よりも少しだけ遠い。
彼女は一歩踏み出しそうになり、その足を止めた。
代わりに、近くにいた別の、名もなき住人が子供に手を貸した。
子供は立ち上がり、膝の汚れを払って再び走り出す。
それで終わる。
その光景の中に、マーガレットの居場所はなかった。
彼女は、それをただ見ている。
それでいいのだと、自分に言い聞かせることさえ、もうしなくなっていた。
畑の端で、積み上げられたばかりの土が崩れた。
誰も気づかない。誰もが自分の仕事に精一杯で、足元の小さな崩落を顧みる余裕はない。
マーガレットは、黙ってそこへ歩み寄った。
崩れた土を両手で掬い上げ、元の場所へ戻し、自分の靴で何度も踏み固める。
爪の間に泥が入り、かつての白く美しい手は、今や見る影もなく汚れていた。
それだけ。
誰も気づかない、誰も感謝しない、あまりにも小さな修繕。
織機の並ぶ作業場で、一本の糸が絡まった。
女が舌打ちをして、荒々しく機械を止めようとする。
その隙間に、マーガレットが音もなく手を入れた。
縺れた糸を、細く、慎重にほどいていく。
何も言わない。
女は、マーガレットが糸をほどくのを、忌々しそうに見守っていた。
ほどき終えると、マーガレットは静かに手を引いた。
女は礼を言うどころか、奪い取るようにして作業を再開した。
誰も頼んでいない。誰も感謝しない。
それでも、彼女は動いている。
時間が過ぎる。
同じことを、ひたすら繰り返す。
瓦礫を拾う。道を掃く。倒れた道具を立てかける。
変わらない。
何も変わらないように見える。
彼女がどれだけ尽くそうと、人々の憎悪が消える気配はない。
彼女がどれだけ泥にまみれようと、過去に流れた血が消えることもない。
それでも、彼女は止まらなかった。
カイは、その背中をずっと見ている。
何も言わない。
彼が彼女に命じたのは、生存であり、贖罪ではなかった。
だが、彼女が自ら選んだこの終わりなき行進を、彼は止める権利も持たなかった。
ミーナは、目を逸らさなかった。
マーガレットが受けている、沈黙という名の暴力。
それがどれほど過酷なものであるかを知りながら、彼女は一人の観測者として、その苦行を肯定していた。
アリアは、石柱の影に静かに立っている。
「統治者」としての自分を捨てたはずのマーガレットが、今、最も低き場所で街を支えている。
その皮肉な光景は、アリアの心に重い楔を打ち込んでいた。
ユークスが、薬草の袋を整理しながら、低く呟いた。
「……続けてるな。心か、体が壊れるまで。いや、壊れても続けるつもりか」
誰も、その言葉に答えなかった。
リーヴは何も言わずに風を感じ、ガルドは無造作に新しい道具を置いて去っていく。
日が、ゆっくりと傾き始めた。
空が濃い橙色に染まり、家路を急ぐ人々の影が長く伸びる。
広場から人が減り、作業の音も一つ、また一つと消えていく。
それでも。
マーガレットは、まだそこにいた。
夕闇の中で、まだ残された瓦礫を一つずつ、丁寧に取り除いている。
「……やめないのか」
誰かが、家路につく途中で、遠くから言った。
それは問いかけというより、呆れに近い呟きだった。
返事は、ない。
彼女には、やめる理由がいくらでもあった。
許されないこと。報われないこと。意味がないと言われること。
それらすべてが、彼女を止める正当な理由になり得た。
それでも、やめない。
許されないことは、分かっている。
世界が今日、劇的に変わらないことも、分かっている。
それでも、彼女は続けている。
指先が割れ、足が棒のようになっても、彼女は次の石を拾い上げる。
その日。
そこに、高尚な理由はなかった。
人々に認められたいという欲求も、神に赦されたいという祈りも、今の彼女を動かす燃料にはなっていなかった。
ただ、理由のない「継続」だけがあった。
止まれば、自分自身が消えてしまうかのように。
あるいは、自分が止まれば、この街の微かな鼓動まで止まってしまうと信じているかのように。
理由はなかった。
それでも、止まらなかった。
誰にも気づかれないまま、夜の帳が彼女の背中を包み込む。
マーガレットの孤独な戦いは、明日も、その次も、ただ「続く」という一点において、この街の再生を静かに支え続けていた。




