《裏鬼》 : モザンビーク観戦 Ⅱ
強烈なプレッシャーを感じた。
背中で感じたのは、銃口がこちらを向いているという殺気だった。
私は両脇に抱えていた子供を胸の前に引き寄せた。
背中に2度熱を感じる。
そして衝撃で前にのめり掛けたが、なんとか両足で踏ん張った。
「大丈夫か!」
叫んだ私の口から血が吐き出された。
肺を撃たれたことが分った。
それを見て子供たちが口を開けて泣き叫んだ。
すぐに子供たちの身体を調べる。
良かった、私の身体を貫通してはいない。
「しっかりしろ! 走るぞ!」
「隊長!」
前を走っていた部下が振り向いて叫んだ。
撃たれた私に駆け寄ろうとしている。
「行け! 今は振り返るな! 絶対にこの子たちを守るぞ!」
「はい!」
身体から力が抜けていく。
何度も味わったことのある、銃撃による衰弱だ。
小さな弾丸だが、人間は体内に受けるとまずは痛みよりも急激な脱力感に襲われる。
私はもう子供を抱えることは出来ず、無我夢中で手を引いて一緒に走った。
ただ脅える子供を励ますために、口から血を吐きながら叫んでいた。
「がんばれ! もうちょっとだ! がんばれ!」
徐々に激痛を感じ始めたが、気力で子供たちを励まし続けた。
自分の身体などどうなってもいい。
絶対にこの子たちを守るのだ。
いつの間にか、後ろで響いていた銃撃音が止んだ。
きっとあの少女が始末してくれたのだろう。
有難い!
走りながらも、私たちを狙っていた敵を優先的に斃してくれたことが分っていた。
私たちはやっとのことで巨大な花崗岩の岩の後ろに退避することが出来た。
すぐに部下たちが救急キットで私の傷を応急処置する。
背中から流れた血が腰の辺りで溜まっている。
「おい、子供たちに怪我はないか!」
「はい、全員無事です。大人たちは一人撃たれました」
「そうか」
岩の後ろで戦闘が激化したのを感じた。
もう《ドール部隊》が既に殲滅されたのは、観測していた部下からの報告をインカムで受けて分かっている。
あの短時間で散開してアンブッシュに徹していた敵を悉く斃したのだ。
驚異的な索敵能力と正確な射撃だ。
そして信じられないことに、今のこの戦闘は仁桜さんと少女が戦っているのだ。
味方同士で、どういう状況かは分からない。
今度は先ほどよりも次元の違うプレッシャーを感じた。
「みんな集まれ! おい、子供たちに覆いかぶされ!」
直後に一体をとんでもない高熱が覆い、私は死を覚悟した。
急激に酸素が燃焼して消えていくのを感じた。
それでも私はコンマ1秒でも長く生かしたいと思い、子供たちを胸の下で抱き締めた。
部下たちも同様に覆いかぶさっている。
酸素濃度の低下で意識が遠のくのを感じた時、不意に上から声を掛けられた。
嵐のような暴風が吹き荒れ、酸素が戻って来る。
「ごめんなさい、対応が遅くなりました」
「……」
周囲がまだ灼熱の嵐の中にあるのが分かった。
しかし私たちは生きている。
見上げると、少女が空中にいて、何らかの防御結界を拡げてくれているのが分かった。
その少女の髪が燃えて無くなっていた。
「大丈夫です。仁桜さんがとんでもない奥義を出しましたが、ここにいれば安全です」
この灼熱地獄は仁桜さんの攻撃なのか!
では仁桜さんがこの少女を本気で攻撃したということなのか。
どういうことかは分からないが。
「あなたが守ってくれたのですか?」
「はい、すいません、戦闘に夢中でこちらが襲われているのに気が付かなくて。仁桜さんの攻撃も強烈で、つい巻き込んでしまいました」
「そんなことは! ありがとうございます!」
私は少女がもっと簡単に仁桜さんとの戦闘を終わらせることが出来たということを感じていた。
私たちを守るために自分の髪まで燃やしたのだ。
「あなたがたは観戦武官ですね。話は聞いていましたが、その子たちを守ったのですね」
「はい、我々の落ち度です。ここへは誰も近づけないつもりでしたが」
「そうですか、御立派です。ああ、もう仁桜さんも片付きました。このままここにいらして下さい。あの、撃たれたようですが大丈夫ですか?」
「はい、もちろんです。ありがとうございました! あの、あなたはこの子たちのために……」
私が言うと、少女がニッコリと笑った。
「当然です。何しろ私たちは「子供の神様」の使徒ですからね」
「子供の?」
「私たちはその人を守るために生きています。あなた方がその子たちを守っているのを見て、咄嗟に巻き添えにしないように動きました」
「そうですか。本当にありがとうございました」
少女は飛び立って、そのまま戦闘は終わった。
あの少女が自分の身を挺して我々を守ったのだと分かった。
きっと少女はあの凄まじい仁桜さんといえども簡単に撃破出来たのだろう。
しかし我々を守ってその攻撃を受けてしまったのだ。
美しい髪が燃えてしまった。
しかし少女は尚も美しかった。
私は部下に回収され、病院へ運ばれた。
子供たちは他の部下たちが無事に連れ帰った。
やはり学校行事でピクニックに連れ出されていたようだ。
街まで送り、礼を言われたと報告を受けた。
ベッドに寝ていると、あの少女が訪ねて来てくれた。
頭にはスカーフを巻いていた。
「御無事で何よりです」
「すいません、無様な真似を。でもお陰で子供たちも無事でした」
「連城さんですね。私は冴姫と言います」
少女が名乗ったので私は驚いた。
「良いのですか! あなた方は最高機密のはずです!」
「構いません。あの状況下で子供たちの命を優先されたあなたを私は尊敬いたします」
「そんな!」
「《裏鬼》を率いているのがあなたのようなお方で良かった。今後も戦場で共になることもあるでしょうが、宜しくお願いします」
「こちらこそ!」
冴姫さんが微笑んでいた。
私にはそれが何よりも嬉しい栄光だった。
この人を笑顔にさせたのだ。
「お身体は大丈夫ですか?」
「はい、頑丈なことだけが取り柄ですので。冴姫さんこそ大丈夫なのですか?」
「ええ、髪は少し燃えてしまいましたが、頭皮は無事ですから」
「あの、失礼ですが仁桜さんは?」
「無事ですよ。仁桜さんもあの人を守る人間ですから殺しませんでした」
「あの人?」
「私たちの最も大切な人です。私が絶対に守ると決めている人です」
「……」
きっと「子供の神様」とあの時に言っていた人だ。
聞いてはならないことだと悟った。
でも、この途轍もない力を持つ少女が心底からそれを望んでいることは分かった。
「私も協力しますよ」
「是非。《裏鬼》の方々も同じですから。一緒に頑張りましょう」
「はい!」
私たちは握手をした。
柔らかな手だった。
美しい少女は、笑うとますます魅力的だった。
そのしばらく後、《特異点》という存在を聞かされた。
我々《裏鬼》は、その《特異点》の方を守るために生まれたということも知った。
冴姫さんが守ろうとしていた「子供の神様」は、その《特異点》の方だったのだ。
そして宗三さんのことも知り、無性に会いたくなった。
パラオでその機会を得て、思わず傍に行ってしまった。
私がずっと憧れ、思い描いていた方。
宗三さんは思っていた通りの方だった。




