竹ノ塚朱里
竹ノ塚課長とロビーで待ち合わせ、あらためてお互いに挨拶をした。
偉い人なのだが、随分と気さくな方だった。
「お待たせしましたー! 神楽坂さん、久留井さん!」
「お時間を頂きまして申し訳ありません」
「とんでもないー! 私こそ何の説明もしてなかったし気になってたの」
「ありがとうございます」
「あらためまして、総務部課長の竹ノ塚朱里です」
「第一貿易部 神楽坂宗三です」
「婚約者の久留井冴姫です」
三人で一緒に会社を出た。
竹ノ塚課長がタクシーを呼んでくれており、エントランスの前で既に待っている。
竹ノ塚課長は40代の女性で入社以来ずっと総務部で働かれているそうだ。
結婚されてはいないが、美人でスタイルが良いイケてる方だ。
服装のセンスも良く、結構高級そうなものを身に付けておられる。
服装のブランドは分からなかったが、バッグはゴヤールのトートだった。
住友ビルのレストラン街にある居酒屋だった。
竹ノ塚課長の行きつけらしい。
予約されていたようで、個室に案内された。
鹿児島料理を売り物にしているようなので、竹ノ塚課長は鹿児島出身なのだろうか。
最初に竹ノ塚課長が注文を決め、ビールを頼んだので俺もそれに付き合った。
冴姫はジンジャーエールを飲む。
酒が飲めない体質と言ってある。
料理は竹ノ塚課長にお任せした。
刺身の盛り合わせと焼き鳥など誰でも食べられそうなものを選んで下さった。
それに暑くなっては来たが鍋も注文した。
飲み物が先に届き乾杯する。
「ごめんなさいね、神楽坂君に話が通ってなかったわよね。びっくりしたでしょう?」
「ええ、それはもう!」
「榊常務からも話は聞いたでしょうけど」
「はい」
あれ、俺が榊常務から直接話を聞いたことを竹ノ塚課長は知っている。
俺たちの関係はあまり他の社員には伝わっていないはずだが。
料理が出揃い、鍋に火が入れられ店員が出て行ったタイミングで竹ノ塚課長が言った。
「私は《トリポッド》のアジア方面全般を任されているの。位階は榊常務よりも少し上」
「「え!」」
俺と一緒に冴姫も驚いた。
冴姫も知らなかったらしい。
「もちろんここだけの話にしてね。会社の中では榊常務が上役であり、私が《トリポッド》の人間であることも御存知ない。今回のことは《トリポッド》の上の方からの指示なの」
「あの、どういうことですか?」
「一つは、神楽坂宗三を一層緊密に護衛する必要性を感じた。「関東旧車會」ごときはどうでもいいけど、《ヴァーミリオン》と二度も関わってしまった。それに中国の《虎部隊》ともね。今のところはどちらも敵対勢力にはなっていないけど、今後はどう展開するか分からない」
「それはそうですが……」
仁桜姉貴の関連で銀座で《ヴァーミリオン》と交戦した。
その後パラオでの事件の後で今度は《ヴァーミリオン》の「スターズ」である《聖女》ナオミ・ブレッツさんとも関わった。
ブレッツさんとは友好的な関係を築いたが、あくまで別な国同士なのだ。
俺のことはお気に入りの日本人という程度の認識ではあるが、《聖女》には特別な感応力がある。
だから俺に対して何かの感覚を抱いていることは間違いない。
一応は俺とは友人として付き合ってくれることになっている。
そして《虎部隊》の虎蘭さんとはもっと親しい関係だ。
あれからメッセージアプリの「リーネ」でメッセージの遣り取りを時々やっている。
「冴姫については多分どちらの組織にももう《能力者》だと思われてる可能性もある。神楽坂君、あー、私も宗ちゃんって呼んでいい?」
「え、は、はい」
冴姫がちょっとコワイ顔してる。
竹ノ塚家長はなんか嬉しそうだ。
「うん、じゃあ宗ちゃんの彼女、まあ婚約者とか同棲してるくらいは分かってると思うけど、冴姫の能力についてはまだバレてはいないわ」
「マンションの防衛体制はどうですかね?」
「多分大丈夫。全員カバーがあるし、そのカバーの方も完璧にこなしてる」
え、マンションの防衛体制?
「宗ちゃん、あのマンションは宗ちゃんをガードする体制が出来てんの」
「そうなの?」
「同じフロアの一つ置いた左の部屋にココロちゃんが詰めてる」
「エェ! 知らないよー!」
「下の階には来栖がいるよ」
「なんだってぇー!」
「他にも10人くらいが常に詰めてる。交代だけどね」
「教えてよー!」
「宗ちゃんの場合、いつもそうねー」
「やめてよー!」
本当に勘弁して。
「防衛システムもある程度は完備してる。前みたく戦闘ヘリが来ても迎撃出来るよ」
「なんだよそれ!」
どんな武器だよ!
竹ノ塚課長がまた笑ってる。
「私も宗ちゃんの大ファンだから! 宗ちゃんって呼べて嬉しー!」
「あの、そこですか……」
「ということで宗ちゃんのファンクラブはね、宗ちゃんをガードするのが本来の目的。宗ちゃんの周囲に不自然でなく何人もいられるようにね」
「ファンクラブが不自然ですよー」
「アハハハハハハ!」
冴姫も苦笑している。
やっぱこいつもグルだ。
「あたしがいれば十分なんだけどね。でも時々は外した方がいい場合もあっから。その時に毎回おんなしメンツだと敵にバレる場合もある」
「そういうことなのか」
なんだかなー。
「一応宗ちゃんには闇絵さんの妖魔が付いてるけどね」
「え、闇絵さん!」
「前に《聖女》と一緒に行動する時にね」
「あの時か!」
覚えている。
マンションに闇絵さんが訪ねて来たのだ。
別に何かをされた記憶も無いのだが。
「「黒口」みたいな?」
ココロちゃんが喰われかけた。
「もっと強い奴だよ。妖魔であれば普通の人間は感知出来ないからね。闇絵さんが言うには、なんか妖魔も宗ちゃんのこと気に入ってるそうだし」
「え?」
「だからくっついてるまんま。あんまそういうことって無いらしいよ?」
「そうなんだ」
言うしかねぇ。
竹ノ塚課長がまた話した。
「もうね、結構な応募があるよ。宗ちゃん、みんなに愛されてるねー」
「いや、そんな!」
「あのパラオの一件以来ですよね」
「そうそう! 伊刈社長に海底鉱床を何とかしろって」
「言ってませんよ!」
「それにあの状況でみんなを笑わせたりね。それを見た人も噂になってるのを聞いた人も、宗ちゃんのファンになってる」
「やめてくださいよ!」
「あー、あたしの宗ちゃんなのになー」
「俺は冴姫だけだよ!」
「あんがと!」
冴姫が俺の頬にキスをしてくれた。
今度は竹ノ塚課長がちょっとむくれている。
「一応私が会長だからね」
「なんでですか!」
「婚約者は別席。今更ファンクラブじゃないでしょう?」
「ダメですよ! 私の宗ちゃんなんですから!」
「でも会員になったら「みんなの宗ちゃん」なんだよ?」
「ウグゥゥ」
「ワハハハハハハ!」
なんか竹ノ塚課長がドヤ顔で笑った。
「ということで、もちろん会社の許可は出てる。対外的にはジョーク的なものになるけどね。会社に多大な貢献をした社員があまりの人気だから、いっそ広告塔のような位置に置いたというね」
「なんかよく分かりません」
「いいのよー! 社内に子飼いの芸能人みたいな存在がいてもいいじゃない。ミスコンやってる会社もあるんだから」
「でも、おかしいですよ」
「宗ちゃん、本当に人気者なんだからしょうがないじゃない。放置しておくと冴姫ちゃんもやりにくくなるし」
「え、冴姫が?」
「そうよー。憧れの宗ちゃんの婚約者なんだから、やっかむ人間が大勢出て来る。冴姫を恨んで何かしようなんて人間も出てくるかもしれない」
「そんな!」
「ね、だからいっそのこと堂々とファンクラブを作って公にした方がいいんだって。そうすれば冴姫ちゃんも宗ちゃんの婚約者として堂々と認められるんだよ?」
「そうなんですかね……」
上手くノセられている気もするが、筋が通ってる気もする。
「まあ、私が上手くコントロールするから。冴姫ちゃんも協力してね?」
「分かりましたよ」
冴姫もノセられたか。
それにしても、相変わらず俺の味方はいねえ……




