プロローグ 人外の存在
私はキャリア官僚として総務省に入省した。
省庁ではキャリアかどうかで出世の速さが全く違うものだが、私も入省して10年もせずに統計局の室長のポストに座ることとなった。
もちろん私の努力あってのことで、同期のキャリア達の中では最も早い。
ポストは限られているため、出世に関しては先に座った人間が断然有利になる。
ちなみに省庁での出世はキャリアであることが大前提で、叩き上げは余程特殊な例だ。
その代わりに仕事は大変に厳しい。
昨今の「働き方改革」などはどこ吹く風、早朝から深夜までの勤務時間と休日は返上が当たり前。
繁忙期では家に帰れない覚悟が必要だ。
その上で仕事は正確さが厳しく求められ、しかも早急に仕上げなければ出世は出来ない。
私の場合は前任の同じ大学の先輩の引きもあったが、その先輩とは公私共に付き合っている。
その先輩は統計局の局長となり、将来的には事務次官と目されている本物のエリートだ。
その先輩から、人口統計でのデータについて、ある特殊な検査法を教えられた。
当然業務としての計算法は既に熟知している。
私に目を掛けて下さっていることからの極秘な内容だ。
私は実際にその検査法で明らかに数百人の人間が人口統計の枠からはみ出ていることを知った。
「いいか、これは日本国家の重要な機密に繋がる重要なものだ」
「はい」
「君はいずれ私の下で数多くの機密に触れることになる。だから今からその一端を知っておくといい」
「はい、どういうことでしょうか?」
先輩が示した手順は簡単なものだった。
《ドラゴン・システム》というものに統計データを繋いだだけなのだ。
人口統計調査は毎年行なっているが、ある時点での全国の戸籍、つまり出生と死亡の数に前年度の統計調査の数値が関わる。
更にそれに外国人の出入国やその他のデータが絡み合っていく。
膨大な計算になるが、構造的には単純とも言える。
「今は全てがデータになっているので、本来はそう時間も掛からずにまとまる」
「そうでしょうね」
「しかし、必ず数字は合わない」
「はい……」
統計局の数字はきちんと算出されたもので、数字そのものは合っているように見える。
しかし実際には統計からはみ出している数字があることを《ドラゴン・システム》が示していた。
先輩に言われた通りに再計算して行くと、確かにそうだった。
統計局のデータは表面上で巧妙に数字合わせが成されているのだ。
前年度の人口統計の数字に今年度の出生と死亡、出入国などの数字を当てはめると、数百人の数が合わない。
「これは統計開始の時点がズレているのではないでしょうか」
「ほう」
私も総務省に勤めて様々な数字合わせをしてきたのだ。
大体こういうことで誤差が生じることも経験として知っている。
もちろんそういう誤差はそのままには出来ず、きちんと最終的に詰めて修正されるべきものだが。
まあ、この誤差の原因自体は大体予想が付いたので先輩に申し上げた。
「君は一つ勘違いをしている。この誤差はもちろん原因を突き止めて修正された。その上でこれだけ数値が合わないのだ」
「それはどういうことですか?」
先輩は誤差修正の手順を示し、私が想定したこともそれ以上の事態も加味して行われたことを提示した。
「最終的な誤差は333名だ」
「これ以上はどうにもならないのですか?」
「そうではない。これ以上は追及してはならないということだ」
「はい?」
予想外の言葉だった。
つまりこの最終誤差の数と言うのは、生まれて来た者でも入国した者でも国籍を変えた者でもないのだ。
それがどのような存在であるのかは、説明が付かない。
言ってみれば、出生でも帰化でもなく突然戸籍上に加えられ、もしくは外された人間がいるということだ。
「追及してはならないとは、どういうことでしょうか?」
「言葉通りの意味だ。この日本には「人間ではない」存在がいるということだよ」
「え!」
あまりにも突飛な先輩の言葉に驚いた。
「人間ではない」とはどういうことか。
先輩は私の驚きを無視して言った。
「そう思いたまえ。本当にそうなのだから」
「あの、人間ではないというのは……」
「今は多くを教えられない。だが一つ言っておくことは、この数字に当てはまる人間と接触した場合、絶対に逆らってはならない」
「はい?」
「君の命だけでは済まない。君がその件で関わった人間すべてが粛清の対象になりかねない。実際に過去に何度もそういうことはあった。肝に銘じておきたまえ」
「そんな……」
「これ以上は今は教えられない。君がそれなりの実績を積み、地位を得てからだ。でも君はこれで後戻りはできなくなった」
「……」
先輩はこれまで私が知らなかった顔をしていた。
私を値踏みし、自分の判断が間違えていないかの確認、そういう冷徹な顔だった。
多分今後、先輩の思惑から私が外れれば、私は無事では済まされない。
「日本は大きな秘密を抱えている。もちろん他の幾つかの国もそうだ」
「はい」
「人間ではない存在が幾つかの国にいる。日本、アメリカ、ロシア、中国、フランス、ドイツ、イギリス。他にも幾つかあるが、詳細は掴めていない」
「人間ではない化け物ということですか」
「まあ、そう捉えていていいだろう。これらの国が実質、今の国際社会でのバランスを取っている」
俄かには信じられない話だが、先輩はつまらない冗談を言う人ではない。
それに私がどういう想像をしているのかが見通されている。
ここは大人しく従うしかない。
「君は化け物と言ったが、実際にその中には大量虐殺、大規模破壊が出来る者もいる。一国を滅ぼせる力を持った者もいるかもしれない」
「それは核兵器以上の破壊力だとういうことですか!」
「そういうことだ。私も詳しくは知らない。でも幾つかの国でそういう人間がいることは確かだ。そして互いに敵対する可能性がある」
「日本はアメリカと友好関係にあるのでは?」
実質は日本がアメリカに追従しているというのが正しいが。
先輩が笑った。
「それは以前の話だ。日本は戦後にアメリカの属国的な立場になっていたがな。でも今では対等だ」
「幾つかの条約もありますが」
「もちろん人間としての我々にはな。でも本当に各国が重視しているのは、「人間以外」の存在なのだ」
「あの、よく分かりません」
「繰り返すが今はまだ分からなくていい。でも今後君がもっと上の地位に就いた時、理解するだろう」
「分かりました」
私も官僚の道を歩んで来て、この日本に裏面があることくらいは承知していた。
政治も経済も軍事も、何もかもが表向きに出来ないことがあるのだ。
具体的にはまだよくは知らなかったが、いずれ自分が関わることになるのは必至だった。
世界には深い闇があるのだ。




