文化祭二日目
高校の文化祭に来る大人は、在校生の保護者がほとんどで、あとはここを進学先の候補にする中学生の保護者と近所の住民といったところか。
最初に来たのは初老の男性だった。
「株価収益率に一株純利益・・・へえ、本格的だね」
模造紙を一瞥してから、その人は言った。
「ファンダメンタルズから適正株価を仮定して割安株を購入しようってことだね」
わたしの顔を見てから、
「とは言え、なかなかむずかしいんだよな、実際やってみると」
先月、歴史的な暴落があったでしょ? あれが絶好の買い場だったと言う人は、たくさんいるけど、でもそれは結果論だよ。みんな未来のことはわからないって言う。だけど、中長期で見れば、株式投資が最も投資効率がいいとも言う。なぜって聞くと、過去がそうだったからと言う。暴落したときが絶好の買い場というのも同じで、過去がそうだったからだと言う。でも、その理屈はおかしいんじゃないか。未来がどうなるのかわからないのに、過去の例を持ち出して予測するのは。歴史は韻を踏むと言うし、人間の行動パターンが同じなら、過去の事例が参考になるのは理屈だが、それを絶対視することは危険だと思う。
別のおじさんはこんなことを言った。
「積立投資が一番いいなんて、したり顔で言う人がいるけど、株価が長期的に右肩上がりだと思うのなら、積立投資なんぞ愚の骨頂だよ」
積立投資は毎月決まった日などに一定額を買ってゆくものだが、長期的に右肩上がりなら、最初にあるだけの資金を投資するほうがいいはずだ。積立の期間中に全体として株価は上がってゆくのなら、あとになればなるほど高値で買うことになる。先月、株価が暴落したろ? ああいうときを待って、まとまった額を投資する。そのほうが積立をチマチマやってるより、ずっと効果的だ。
チャート分析について語るおじさんは今年もいた。
「積立投資が万人向けなのはわかる。しかし、それじゃあ大勝ちできないんだ」
インデックスファンドは確かに銀行預金より利回りがいいだろうし、ただ一定額を毎回毎回引落としされるだけだから、なにも考えなくていい。でもな、それをどう考えるかってことよ。インデックスは市場平均を再現してんだろ? 市場平均の成果しか期待できない。しかも、市場は騰落ともにあるわけだから、市場平均がマイナスになれば、インデックスも当然マイナスになるわけだ。なんでそんなマイナスにつきあわされなきゃならない? やっぱな、インデックスでいいってのは、人並みでいいってことなんだよ。オレはやだね。年金の運用やってんじゃねえんだよ。自分の財産増やすんだ。なら、もっと頭使って、世の中の動きしっかり見て、売り買いしなきゃあ。ひとつの利は小さくたっていい。小さくたって、数集まれば大きくなるんだ。肝心は如何に損を出さないことよ。マメに取引して、利が出たらさっさと確定する。そうやって財産は増やしてゆくんだ。チャートは値動きの手がかりを示してくれる。ただ、奥が深い。まともにチャートを読めるようになるには、まず十年はかかると思ったほうがいい。それでも全貌を掴めるわけじゃない。人間、なんでも一生勉強なんだよ。勉強もしないようなヤツに成果が出るわけねえだろ。
あるおじいさんはこんなことを言った。
「誰でもぜったい儲かる簡単投資法って、去年、ここで見たから、やってみたんだよ」
ここで聞いたとおりだった。確かに増えた。8月に大暴落があったときには、ずいぶん下がったけど、それでも、元本を割ることはなかったし、それからまた上がったから、細かい値動きをいちいち気にすることがないこともよくわかった。
おじいさんは模造紙に書かれた「社会への提言」を見て、「これってどういうこと?」と尋ねた。今年の部の提言は、「マンション修繕積立金と運用」。
これにはのっぽの後輩が答えた。
管理費や修繕積立金が足りないマンションが増えているそうです。わたしの住んでいるところでも、なんか今度、管理費の値上げが決まって、母がため息をついていました。でも、このままでは修繕積立金が足りなくて、なんか次の次の大規模修繕ができなくなるから、値上げしないわけにはゆかないんだそうです。
管理費や修繕積立金が足りなくなる原因は、三つあります。
ひとつめは、インフレです。物価高で資材価格が上がっているので、なんか計画していた見込額ではぜんぜん足りないんだそうです。
ふたつめは、人手不足です。少子高齢化で働き手が減っているのと、なんか働き方改革? とかで長い時間働けないので、工事にかかる時間がなんか長くなるんだそうです。当然、費用がかかります。
みっつめは、建物の老朽化です。建物が古くなると、修理する箇所が増えます。設備も新しくするにはお金が必要です。わたしのところでは、なんかオートロックをつけたいという声がありますが、それをするにはどれだけお金がかかるかわからないからって、とても実現するとは思いません。
日本は今までずっとデフレでした。物価が上がらないから、管理費や修繕積立金は利子のつかない当座預金に預けていても、お金の価値が下がることはありませんでした。
でも、今は物価高の時代です。利子もつかないところにお金を預けていると、せっかくの積立金がどんどん目減りします。利子のつかない当座預金じゃなくて、定期預金とかだったら利子はいくらかつくでしょうが、インフレには及ばない。それに、万が一、銀行が潰れたら、預けたお金は1,000万円しか戻ってこないかもしれない。
つまり、マンションの管理費・修繕積立金は、この先、インフレによる目減りに対応しなくちゃならなくなる。人手不足や働き方改革で工事費はこの先もずっと上がるでしょう。建物が古くなれば、なんか直す箇所も増えてくる。支出が膨らむ一方ですから、管理費・修繕積立金も値上げをしなくちゃ、もうやってゆけなくなるでしょう。積立金が足りなくて、なんか借金しているところもあるって聞きます。でも、値上げだっていくらでもできるわけじゃありません。
なら、インフレに負けないよう、管理費や修繕積立金を運用で増やす仕組みが、なんか必要だと思いました。特に修繕積立金は、大規模修繕のような大きいお金が必要になるのは、十何年に一回ぐらいのことです。だから、ある程度まとまった期間、運用することができます。
あたしたちが考えたのは、修繕積立金を全てのマンションから集めて、一括で運用する組織を作って、大規模修繕を支援する仕組みです。年金と似たような仕組みを作れば、積立金が足りなくて工事ができなくなるとか、そのために住民がどんどんいなくなって、なんかマンションが廃墟になるとか、そういったことも減るんじゃないかなあって。もっと言えば、何十年か後の取壊し費用まで運用益で賄えれば、マンション老朽化の問題は、なんかほとんど解決するんじゃないですか。
マンション持ってる人は修繕積立金を給与とか口座から天引きにすれば、修繕積立金の徴収漏れも減るんじゃないかなあ。修繕積立金会計を作って、税金のように強制的に徴収する仕組みにしてもいいと思います。
あと、これができたら、運用に大量の資金が回ることになります。
それは貯蓄から運用への流れに沿ったものですし、株高要因にもなるでしょう。もっと言えば、年金の投資みたいに債券にも投資資金が回りますから、なんか日銀が手離すとかって言われる国債の引受け手にもなると思います。




