初めてのお使い 天上界編
フェニックスは天上界の奥へ向かおうとしたが、どんぶりうなぎに呼び止められた。
「行く前に、フェニックスには知っておって欲しいことがある」
「何?」
「天上界の奥と言ったが、無論ここから一本道なのではない。実を言うと、天上界も地上と同じく町になっているのだ」
「ほー」
「それで、言っておきたい事というのは地図の事で…」
そう言うと、フェニックスに分厚い本を渡した。
「これが地図?」
「そう。天上界の全てを表した地図だ。」
「分厚いんだな…。それで、言いたいことは?」
「キング・ジャイアントのいる所を調べるには、最低でも三時間かかる」
どんぶりうなぎの言い分はこうだ。天上界には二千億を越える建物があるのだ。それをこの地図に記してあるのだが、あまりにも多すぎて、一ページに何億もの家が乗っているのだ。
「それで、こんなに分厚いのか?」
「後ろ千ページは索引だぞ」
「取り敢えず開いてみるか…。一ページに億単位の家ってどんだけぎっしりなんだよ…。」
「解ったか、この地図の恐ろしさ」
「恐れ入りました」
「時間が無駄だ、さっさとキング・ジャイアントの家を探せ」
「はい…索引で、キ…あった、キング・ジャイアント。住所は…168244459230。ページ番号は1058ページか」
1058ページを開く。
「…この中から探せと」
「そう」
ページに広がる何億という家。針の穴を象とするならば、ここに広がる文字数字は蟻である。
「…天上界製の虫眼鏡あげようか」
「お願い」
七時間後。既に四人が帰ってきている。
「あった!倍率十二億倍の虫眼鏡でやっと見つけたぞ!マーカーで印つけとこ!」
ぶぢゅ。
「どうしたフェニックス?」
「周辺三百軒の建物がインクの下敷きになりました」
「…天上界製の針ペン貸してやろうか?」
「お願い」
さらにそれから十時間後。天上界をフェニックスは歩いている。
「右、左、斜め前…。あ、あれか…。」
周りと比べて数十倍大きい建物が建っている。
「ごめんください…?」
「誰じゃそなた!」
声が轟く。キング・ジャイアントだ。まさしく巨人だった。
「ひいっ!俺はどんぶりうなぎの使いっす!物を受け取るとかで…。」
「そうか、鰻丼の野郎、使いを寄越したか!」
「それで、受け取り物は…?」
「そう急くな急くな!茶でも飲もうではないか!」
客室に案内された。
「えーと、これはお風呂ですか?」
「ん?マグカップじゃが…。確かに、そなたにはでかいのう!変えておくよ」
ようやく丁度いい大きさのマグカップが来た。
「…………。」
「…………。」
「…………。」
「そなた、何も喋らんのう?」
「あ…。」
「そうだ、どんぶりうなぎの使いってこたぁ、そなたは地上の者だろう?」
「はい」
キング・ジャイアントが真面目な顔で言った。
「一つ、頼まれてくれんか?」
「娘さん?」
「そう、わしの娘じゃ」
「ほう、その子はどんな巨人ですか?」
「わしの娘だからとて、巨人と決めつけておるな…。安心せい、わしが巨人なのはわしの力のせい。娘は普通の大きさじゃ。ただ…友達がおらんくてのう」
「ほう、どうして?」
「深いわけがあってな…。娘の力のせいなのじゃ。娘の力、『燃やし声』はその声を聞いた者の血を燃やし尽くしてしまうのだ。しかも、厄介なことにその力は抑えることができず、常時発動している。だから、隔離されていて、友達ができない。そこで、」
「さあ、お茶も飲みましたし、ブツもらって帰りましょうかね」
「友達に…」
「おっと、時間が大変だ帰らなきゃ」
「頼む、娘と友達になってくれ」
「でも、声聞いたら死ぬんでしょ!?」
「そなたは違う」
「…俺は?」
「古い文献で見つけたのだが、かなり昔、娘と同じ力を持った人が二人おったそうなのじゃ」
「それで?」
「人々はそいつらを恐れて地上に下ろした。しかし、地上の人々はそいつらの声を聞いても死ななかったそうじゃ」
「マジか…。」
「その二人の名は小野小町とクレオパトラと言う」
「待てやおい」
「え?」
「何でそこで小野小町とクレオパトラが出てくるんスか!?」
「いや、文献に書いてあったから…。」
「んな文献信用できるかー!!」
「ぬおぅ…。」
キング・ジャイアントが悲しみを顔に浮かべる。
「でもまあ、何スか…。この命、一度どんぶりうなぎに助けられたもの。元は無くなっている命、貴方の娘に捧げますよ!」
「いいのか?」
「ええ!」
「分厚い防音扉…。ここだな…。」
その扉には「リーナ」と書いてある。
トントン。
「リー…ナ?」
中に入る。
「君がリーナかい?」
「…………。」
「俺の名はフェニックス。火の覇者、火鳥フェニックスだ。」
「…………。」
「一ッ言も喋んねぇな…。ま、優しいってこったな…。でも大丈夫、俺は地上の人間だ!」
「…え?」
ギクゥッ!
フェニックスが驚くが、身に異常はない。
「ハ…ァ、良かった…。死ぬかと思った…。」
「あなた…死ぬ覚悟も無しにここに来たの?ここに来る人はご飯を運ぶ人さえも死刑囚よ!?」
「い…いや、文献に地上の人は大丈夫だって…。」
「確かにそう書いてあるけど、確証はないのよ!?助かったから良かったけど、どうしてこんな所に?」
「君と友達になりに来た!」
「…!」
リーナが驚く。
「…どうして?」
「キング・ジャイアントさんに言われたんだ。友達になってやれってな!」
「お父様が…!」
「俺に話してくれよ、君が今まで誰にも言えなかったことを!」
「十二歳か、俺は十三歳だぞ。一個違いだなー。」
「それでね、お父様が少しでも私が退屈しないように何千冊も本を持ってきてくれたのよ。ほら、あそこ」
本棚に大量の本が置いてある。
「どわっちゃあー、凄い量だな…。あれ、この『ラスト・オブ・ヒーローズ』って…。」
「お父様の部下が地上から持ってきてくれたの。三年前くらいだったかしら?」
「そう言えば俺もこの本ハマったな…!三年前ぐらいに無くした気がするけど」
「は…はは…。」
「あは…は…。」
グゥーッ!
「腹減ったな…。」
「お腹減ったね。そろそろご飯が来るこ…」
トントン。ガチャ。
「…………。」
「…………。」
入ってきた男が食事を渡す。
「…………。」
「…………。」
ガチャ。
リーナが食事を食べ始めた。
「ホント…なんだな」
「何が?」
「…『燃やし声』のこと」
「ああ…。その事。」
「大変なんだな…。」
「ねえ、知ってる?『燃やし声』って…。」
「自分の血も燃やしてる?じゃあ、俺と話してる今もか?」
「確かに今も血は燃えているけど、自分の血は話したら燃えるのではなく、常時燃えているのよ。そして、私の命日も今日か明日。」
「そんな…。」
「いつかはそうなること、解ってた。自分が人より早く死ぬこと。」
「嘘だ…。」
「ホントよ。だから、あなたが来てくれたことが本当に嬉しいわ。だって、私このまま友達ができないまま死ぬのかと思ってたもの。」
「ハハッ、そんなこというなよ、希望を持てや…。」
「いくら希望があっても運命には逆らえないの。それでね、あなたに一つして欲しいことがあるの…。」
「新しい技を授けるだァ?」
「あなた、さっき火の覇者って言ってたわよね。だったら私があなたに技を捧げられる」
「どうして?」
すると、リーナがフレアを唱えて見せた。
「私も…火の使いだからよ」
「そうだったのか…。」
「さあ、私の手を握って。」
フェニックスが言われた通りにする。すると、リーナからフェニックスに光が通った。
「なっ!?」
「ハァ、ハァ…貴方の新しい技…よ…。火の…精霊を呼び出して…操る…。」
「お、おい、大丈夫か、息荒れぇぞ…?」
「体力を使い果たしちゃったかもね…。」
「な?最後の力で俺に?」
「どうせもう長くない…。それならあなたのために…。」
「リーナ…!」
「ありがと…会えて…良かった…フェニックス…!」
「リーナ、リーナ…!」
「好…き、フェニックス…。」
「俺も好きだ、リーナ、だからまだ…!」
「何年でも…何十年でも…向こうで待ってるから…!たった一人の…友達を!」
「まだだめだ、まだ話してないことがいっぱいあるだろ!?全部俺に話してくれよ!」
「好…………き。……………………。」
リーナは息絶えた。
「リーナ?り、リーナァァァァァァ!!」
「…娘さんが亡くなりました」
「…そうか」
「とても…美しい声でした」
「…そうか」
「これが…どんぶりうなぎに持っていくものですか?」
「ああ。気を付けて帰れよ。あと…娘をありがとうな」
「いえ…。」
フェニックスが天上界に帰ると、四人が待ちくたびれた顔をしていた。
「おっせーよ、フェニックス!何してたんだァ?」
「惚れた娘の最期を看取ってたんだ…。
リーナって娘のな…。」




