(後編)闘いは続く
害虫駆除で薬剤を使う時に起こる問題の一つに、害虫が耐性をつけてしまうということがある。
例えば、殺虫剤でハエを駆除する時、たいていの個体は死んでしまうが、中にはその殺虫剤の毒性に強い個体がいる。その個体が生き残り繁殖することによって、最初使った殺虫剤はもはや殺虫剤として機能しなくなる。そこで殺虫剤の毒性をさらにアップするが、それでもやはり生き残る個体はいて、またそれが繁殖することで毒性をあげた殺虫剤も通用しなくなる。たとえどんなに毒性をあげても、ハエそのものを完全に絶滅できることはなく、それに合わせて毒性に強いハエが生まれるため、かなり強力な毒性でも死なないハエが生まれることになる。そしてあまりに強すぎる毒性は今度は人間に対しても短期的に有害と毒なり、結果的にハエとの「共存」はより厄介なレベルで存続することになる。
僕の部屋でも、最初はおしゃれ着用の洗剤から初めてトイレ掃除の洗剤へとレベルをあげていったん駆除できたように思ったら、また急に増えている。この状況は、あの虫たちが耐性をつけてきていることを意味しているのではないか。そう考えると内心穏やかではなかった。
一見ただのドアである。しかしその内部はかなりこの小さな虫どもに荒らされ、網のようになっていて、突然わずかな振動で内部から崩れ落ちるという日も近いのではないか。ドアを取り替えてもらうように頼むべきではないだろうか。
僕は考えた。そしてスーパーマーケットへ走り、強力接着剤を購入した。洗剤による薬殺を諦め、彼らの出口をボンドで塞ぐという作戦に切り替えるためである。そしておそらく今も彼らが使用していると思われる穴--大量に粉を排出している箇所--を選んで、念入りにひとつひとつボンドを流し込んでいった。この方法は決定的であった。次の週には、虫の出現はぱったりと止まったのである。おそらくはドアの内部で固まってしまったのだろう。ボンドを流し込んだ数時間後、あるものはかろうじて穴から出てこれたようであったが、出たその場で立ちすくみ絶命していた。体がボンドで動かなくなったのである。またあるものは穴から体半分出たところで力尽きていた。が、そのほとんどがドアの中で頭の上から流れ込んできた液体に体を取られ、その数十秒後には身動き取れなくなり息絶えたことだろう。
僕は勝利した。完勝である。しかしここに至るまで、僕は何匹の虫を殺したことか。それもいくつもの手段を使って無残な殺し方をしてきたのだ。どの方法が彼らにとって最も恐怖であったか知るすべはないが、もし彼らが僕という生き物を認知していたなら、おそらくは最も恐怖を呼び起こす最悪の敵だったのではないだろうか。しかしながら彼らには僕が見えない。ゆえに無邪気にも僕の前に姿を現す。もし機敏に逃げるという瞬発力を備えているのならそれもいいだろう。しかしそうではないもののこの無邪気な「ご登場」は、僕に多少なりとも罪悪感を呼び起こす。ひょっとすると共生できたのではないのか、それほど害はなかったのではないか、と。
とはいえもはや過ぎ去ったことである。もういなくなったもののことをあれこれ考える必要はないのだ。今の穏やかな日々に満足もしている。映画に良くあるラストシーンは、滅ぼしたと思った虫系エイリアンが人間の知らないところで繁殖しているというものだが、とりあえずその兆候も今のところはなく平和な毎日が続いていた。
ところが昨夜、数か月ぶりにあの虫が一匹、現れた。ふと見るとコンピューターの横で、例のごとく着地に失敗したのか裏返ってもがいていた。しかし僕は叫び声をあげる訳でもなく、自分でも驚くほど冷静にそっとその虫を捕らえると、例のごとく窓から冬の寒空へと放り出した。
確かにほんの一匹である。二匹目はいまだ飛来していない。しかし今まさにドアの中では、大量増殖の真っ最中なのかもしれないのだ。
虫との闘いは終わらない。しかしあまり嫌な気がしないのは何故だろうか。(了)




