第6話:【波紋】「チャンネル登録者1万人おめでとう!」と言われると素直に嬉しい
「――よし、これで終わりですね」
新宿の地下遺構、その下層エリア。
眞白さんが指先を軽く横に振るだけで、群がっていた低級怪異『死霊』たちが霧散した。
――死霊。文字通り、死者の霊が形を成したものである。人に害を為す存在で、一般人にとっては十分な脅威だ。しかし、この程度は眞白さんの敵ではない。
俺のスマホ画面に表示されたコンボカウンターが『15』で止まり、リザルト画面が消える。
「ふむ……。颯太郎、この『ゆーあい』とやらは、まことに便利よな。かつては、この程度の数でも呪力を練るのにそれなりの時間を要したものだが……」
「それは良かったです。……あ、眞白さん、ドローンのカメラに向かって一言お願いします。今、すごい勢いで数字が伸びてるんで」
俺が指差した先、空中を浮遊する式神型ドローン『眼一号』の赤いレンズ。
眞白さんは少しだけ気恥ずかしそうに、だが持ち前の気品を崩さず、レンズを見据えて口を開いた。
「ええい、見知らぬ民よ。私の術をこれほど熱心に眺めるとは……まことに、物好きなことよな。だが、悪い気はせぬぞ」
その瞬間だった。
スマホの右上に表示された同時接続者数のカウンターが跳ね上がり、チャンネル登録者もついに1万人を超えた。
「……いった。大台だ」
俺の心臓が跳ねる。一条家では『無能』とされた俺の技術が、今、1万人の目に晒されている。
だが、数字が増えるということは、それだけ外からの毒も入ってくるということだ。
【D-Live リアルタイム・チャット】
名無しさん:登録者1万人突破おめ!
アンチガチ勢:はい、ヤラセ確定。今のエフェクト、最新のARフィルターだろ。
魔術マニア:確かに。いくらなんでも詠唱が短すぎる。術式の法則を無視しすぎ。
考察ニキネキ:待て。今のはARじゃない。死霊が消滅した時の衝撃波で、周囲の壁のホコリが正確に舞ってる。これをリアルタイムレンダリングするのは今の技術じゃ無理だ。
アンチガチ勢:運営と組んでるサクラだろ。これだから底辺配信者は……。
一般通過術師:横から失礼。今の術式の組み換え、一条家の『解析理論』をベースにしてる。だが、あんなに高速化するのは理論上不可能なはずだ。マジでどうやってるんだ、この配信主?
画面の中で、賞賛、嫉妬、そして冷徹な分析が火花を散らす。
いわゆるレスポンスバトルの勃発だ。SNSで勝手にやる分には構わないが、俺の配信のコメント欄で言い争うのだけはやめて欲しいものである。
「颯太郎……。あの『いた』の文字が、酷く騒がしいが。何か不吉なことでも起きたのか?」
眞白さんが不安げに俺の顔を覗き込む。彼女には、インターネットという『戦場』のルールはまだ分からない。
「いえ、不吉なことじゃないですよ。ただ、貴女が凄すぎて、みんな『信じられない』って驚いてるんです」
「ほう? つまり、私の格が高すぎて、愚民どもの理解が追いつかぬということか?」
「まあ、半分くらいは正解です。……ただ愚民って呼び方はちょっと良くないですからね」
俺は苦笑しつつ、内心では別のことを考えていた。
アンチや懐疑派が出るのは、注目されている証拠だ。そして、プロらしき術師が『理論上不可能』と騒ぎ始めた。これは最高のスパイスになる。
「眞白さん。今日のダンジョンはここで終わりですけど、次はもっとすごいことをやりましょうか」
「もっとすごいこと、だと?」
「そうですね。簡単に言えば……配信を通して貴女を見ているリスナーたちの『驚き』や『疑念』も、全て呪力としてハックします」
「……何? 民の想いを、私の力に変えると? そのようなことが……」
「できますよ。俺の……いえ、俺たちの術式なら」
俺はスマホの深部階層、開発途中の『オーディエンス・リンク』のアプリを見せた。
「……と言いつつ、まだまだ作りかけなんですけどね。上手くいけば次のダンジョン探索には間に合うかなってところです。いや、話しながら不安になってきたな。せめて次の次くらいには……」
「ふむ。何やら知らぬが、承知した。供物の『特上寿司』のため、この九曜眞白……全力で応えようぞ!」
彼女が気合を入れた瞬間、期待で膨れ上がったコメント欄はさらに加速した。
眞白さんの美貌、異端呼ばわりされてきた俺の技術、そしてネットの騒乱。
1万人分の波紋は、新宿の地下から静かに、だが確実に世界へと広がり始めていた。




