第16話:【新世界】
柊たちが逃げるように去っていった後、俺と眞白さんは夜の芝公園にいた。
「――ふぅ。……やっと、静かになりましたね」
配信を切り、ドローン『眼一号』を回収する。裏サイトでの配信終了時の最終同接数は『68,402人』という、天文学的な数字がスマホの画面に刻まれていた。
D-Liveのメインアカウントは凍結されたままのようだが、それもおいおい元に戻るだろう。
「……颯太郎。皆、まだ騒いでおるのか?」
眞白さんが、少し不安げに俺の顔を覗き込む。虹色のオーラは消えたが、彼女の表情はこれまでになく晴れやかだ。
「ええ。SNSのトレンドは1位から10位まで全部貴女のことです。『眞白様を守る会』なんてファンクラブも勝手に乱立してますよ」
「ふ、ふぁんくらぶ? まことに、後の世の民は熱狂的よな……」
眞白さんは少し照れ臭そうに笑い、それから自分の白い手のひらを見つめた。
鎖骨の刻印は、もう疼かない。それは彼女を縛る鎖ではなく、世界と繋がっている証に変わったのだ。
「……颯太郎。私は、ずっと怖かった。目覚めたこの世界は、光に満ちているようで、その実、私を再び闇へ引きずり込もうとする罠に満ちているのではないかと」
彼女が一歩、俺に近づく。夜風に銀髪が揺れ、彼女の瞳が月光を反射して輝いた。
「だが、其の方が教えてくれた。此の『板』の向こうには、私を知らぬはずの多くの民がいて、私を認め、待ってくれているのだと」
「……ええ。俺が言った通りでしょう?」
「うむ。……私は、決めたぞ! 私はもう、暗い地下で眠る罪人ではない。……颯太郎、私は……もっとこの世界を知りたい! 其の方と共に歩き、知らぬ景色を眺め、そして――」
眞白さんはそこで一度言葉を切り、お腹をキュゥと鳴らして、悪戯っぽく微笑んだ。
「――おにぎりも、もっと食べたい! 寿司も天麩羅も、全種類制覇せねば気が済まぬぞ!」
「あはは、結局そこですか。……分かりました。世界中の美味いもの、全部俺がプロデュースしますよ」
俺たちが笑い合っていた、その時。
俺のポケットの中で、仕事用のスマホがかつてないほど激しい振動を上げた。
「……? 呪術庁からの督促状か、それともまた一条家からの呼び出しか……」
眉をひそめて画面を開く。だが、そこに届いていたのは、日本語ではなかった。
「……英語? 『W.D.O』……世界ダンジョン機構?」
メールの件名は、【Official Invitation: The Grand Labyrinth "Yggdrasil"】。
「颯太郎、何と書いてあるのだ? 此の、芋虫が這い回ったような文字は」
「……世界最大のダンジョン運営組織から、プロリーグへの公式招待状です。内容を要約すると、『君たちの配信は、既存の呪術概念を破壊した。世界ランク1位の未踏領域への挑戦権を与える』……だそうです」
「ぷろりーぐ? よく分からぬが、今の私よりも強い敵がいるということか?」
「ええ。そして、そこを攻略すれば、貴女は文字通り『世界の神話』になります。……どうしますか、眞白さん。日本を飛び出して、世界をバズらせに行きますか?」
眞白さんは、迷うことなく俺の手を強く握りしめた。
「何を問う。其の方が隣にいるのなら、地の果てでも異界の果てでも、私はついていこうぞ。……其処には、日本にはない美味いものもあるのだろうな?」
「……たぶん、山ほどありますよ」
俺は空を見上げた。
プロリーグへの招待状。届いたからといって今すぐに挑むわけにはいかない。今の俺とにはあらゆる準備が足りていない。スタッフも機材も配信環境もこれから揃える必要がある。
だが、少し手を伸ばせば――夜空の向こうには、まだ見ぬ巨大なダンジョンの影と、熱狂を待つ数億の視聴者が広がっているのだ。
それを考えるだけで胸が高鳴った。
底辺配信者と平安の最強少女。
二人の『バズり』を賭けた戦いは、ここから本当の意味で――世界へと加速していく。




