第29話 尊い存在
“隙間の庭”で奇跡の誕生を果たしたミラが、初めての外界にやってきた翌日。
王城の客室は、朝から鼓膜が破れんばかりの異様な熱気と歓声に包まれていた。
その中心で大暴れしているのは——もちろん、我が道を行くお転婆王女・セレスティアである。
「リルちゃん! ミラちゃん! 二人とも、ほぉぉぉぉんとうに可愛いわぁぁぁぁぁ!!」
セレスティアは目をハートにして両手を広げ、リルとミラを左右から力任せにぎゅっと抱きしめていた。
「ちょ、ちょっとセルティ……力が強すぎる……苦しい……。」
「う、うぅ……息が……できない……。」
リルとミラが同時に顔を青くしてバタバタと抵抗する。
しかし、セレスティアの暴走は止まらない。
「だってだって! 双子よ!? まん丸お目々の、奇跡の双子の姉妹よ!?こんな神々しくて尊い存在、お姉ちゃんとして全力で抱きしめずにいられるわけないじゃない!」
後ろで控えている侍女ミーナは、もはや日常茶飯事となった主の奇行に深々と頭を抱えていた。
「王女様……お願いですから落ち着いてください……。お二人が物理的に潰れてしまいます……。」
「ミーナ、あなたはこの尊さがわからないの!? わからないのなら黙ってて!」
「王族の品格に関わりますから黙れません!」
アインはそのドタバタ劇を、ソファでお茶を飲みながら微笑ましく見つめていた。
「まぁ〜、本当にみんな仲良しで賑やかね〜。双子ってやっぱり素敵だわ〜。」
トーヤも新聞から目を上げ、穏やかに頷く。
「リルもミラも、昨日までとは見違えるほど表情が柔らかくなったな。安心したよ。」
ソーヤは壁にもたれかかり、二人を見つめながらどこか誇らしげな笑みを浮かべていた。
(ミラが幻ではなく、確かな“存在”になれたのは……俺の《ジェネレーター》が少しは役に立ったからだよな。……本当に、よかった。)
そんな温かな空気に満ちた部屋の隅で、ただ一人、ユーヤだけが——
「……いいなぁぁぁぁぁ!」
ベッドの端っこに体育座りをして、ぷくぅっと頬を膨らませて不貞腐れていた。
「兄ちゃんはチート級にスキル進化するし、母さんも神話級に進化するし、リル姉ちゃんは可愛い双子になるし……。」
「僕だけ……! 僕だけ、異世界に来てからずっと何の変化も起きてない!」
クロが心配そうにユーヤの頭の上で、「キュイ……。」と鳴いて頭をぺしぺしと叩く。
ソーヤが苦笑しながら近づき、弟の頭をぽんぽんと撫でた。
「ユーヤ、そんなに拗ねるなって。お前の《ゲーマー》だって十分凄いスキルだろ?」
「凄くない! 落ち着けないよ!! 僕は置いてきぼりだぁぁ!」
ユーヤがジタバタと暴れた、その時だった。
――ピシッ。
目の前の空間が、ごくわずかに、一瞬だけ鋭く震えた。
ユーヤの視界の右端で、普段は半透明のステータス画面が、バチッと青白いスパークを放って一瞬だけ光って消えたのだった。
「……え?」
光はすぐに消えたが、確かにシステム的な“何か”が強く反応した感覚があった。
アインがすぐさまその異変に気づき、優しく声をかける。
「ユーヤ。あなたのスキル……今、何か動いたわよね?」
「う、うん……でも、エラーみたいにすぐ消えちゃった……。」
ミラがセレスティアの腕からひょっこりと顔を出し、静かに言った。
「……“庭”が大きく揺れた時と、少し波長が似てる。」
リルも頷き、ユーヤの方を見つめる。
「ユーヤのスキルは、“ゲームの世界”という別の空間と繋がってるんだよね?」
「うん……そうだけど……。」
「だったら……“向こう側の世界”が、ユーヤの心の変化に呼応して、何か動いたのかもしれないよ。」
それを聞いたセレスティアが、双子を解放してバッと立ち上がり、目を輝かせた。
「つまり……!」
「ユーヤのスキルにも、ついに“進化の予兆”が来てるってことよ!」
ユーヤはハッとして息を呑んだ。
「僕の……スキルが……!?」
ソーヤが励ますように肩を強く叩く。
「焦らなくていいさ。進化っていうのは、無理に起こすものじゃなくて、“その力が必要な時”に自然と来るもんなんだよ。俺の時もそうだったしな。」
アインがユーヤのそばに歩み寄り、その小さな背中を優しく抱きしめた。
「ユーヤ。あなたは誰かと比べる必要なんてないのよ。あなたは、あなたのままで十分素敵なの。」
「……うん。」
ユーヤが素直に頷いた、その瞬間――
――ピコン。
電子音のような小気味よい音と共に、ユーヤのステータス画面が、再びハッキリと光を放った。
【ユニークスキル:ゲーマー】
→ “外部世界との同期”を確認
→ “進化条件の一部”が満たされました
ユーヤは震える声で、その文字列を読み上げ呟いた。
「……僕のスキル……本当に……進化するの……?」
アインは我が子の成長を喜ぶように、最高の笑顔で微笑む。
「ええ。きっと、もうすぐよ。」
セレスティアは扇子をバッと開き、高らかに宣言した。
「なんて素晴らしい日なのかしら! 今日は最高の記念日よ! 双子ちゃんの誕生と、ユーヤの進化予兆! 今夜は王都の厨房を総動員して、盛大にお祝いのパーティーをしましょう!」
ミラが、その熱気にあてられたように小さく笑う。
「……すごく、にぎやかだね。」
リルも釣られて声を出して笑った。
「うん。騒がしいけど……すごくあったかいよ。」
王都の空は、そんな彼らの新しい一歩を祝福するように、どこまでも高く青く澄み渡っていた。
そして――
誰もが寝静まるその日の夜に、ユーヤのスキルが、真の“目覚め”を迎えることになるとは、この時まだ誰も知る由もなかった。




