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323/323

第323話 四回戦、試合前

 県大会四回戦当日。


 東鶴間高校野球部の面々は、球場まで来ていた。


 一回戦。


 二回戦。


 三回戦。


 三つの試合を勝ち抜き、ここまで来た。


 だが、勝ち進むにつれて相手のレベルは上がっている。


 そして、東鶴間高校には一つの大きな弱点が知られ始めていた。


 捕手、高橋雪夜の肩。


 三回戦では、そこを狙われた。


 二盗。


 三盗。


 相手チームは積極的に走り、実際に得点へつなげてきた。


 だからこそ、東鶴間高校は四回戦までの間、その対策を続けてきた。


 そして今日。


 その成果が試される。


 球場に入り、東鶴間高校の選手たちはベンチへ集まった。


 監督の九条咲が、全員の前に立つ。


「みんな、今日は四回戦となる」


 部員たちは静かに聞いていた。


「三回戦よりも、相手は強い高校だ」


 咲は一人一人の顔を見る。


「それに、相手はこちらのデータを持っているだろう」


 その言葉だけで、部員たちは何を意味しているのか理解した。


 雪夜の肩。


 三回戦を見ていれば、そこを狙わない理由はない。


「ランナーが出ても、冷静でいてくれ」


 咲ははっきりと言った。


 盗塁を警戒するあまり、打者への投球がおろそかになってはいけない。


 ランナーだけを気にして、四球を出してもいけない。


 走られることを恐れるあまり、自分たちの野球を崩してはいけない。


 咲は、今日の先発投手を見る。


「歩夢」


「はい」


「今日の先発は任せるよ」


 伯方歩夢は静かに頷いた。


「ランナーが出ても、落ち着いて投げてくれ」


「はい」


 一回戦以来の先発。


 歩夢は一回戦を七回無失点で投げ切った。


 その後は休養を取り、今日の四回戦に備えてきた。


 高速スライダー。


 スローカーブ。


 シンカー。


 そして最速133キロまで伸びたストレート。


 自分の投球をする。


 歩夢は、そう心に決めていた。


 咲は次に白石広志を見る。


「それと……白石」


「はい」


「歩夢のスタミナが尽きそうになったら、出番となる。その時は任せたよ」


 広志は真剣な表情で頷いた。


「はい」


 二回戦を投げ切った広志も、今は登板できる状態まで回復している。


 歩夢が最後まで投げられる保証はない。


 その時は、自分がつなぐ。


 広志も役割を理解していた。


 咲は少し間を置いた。


 そして、今日の試合で最も重要なことを口にする。


「三回戦では、三盗を阻止できなかった」


 ベンチの空気が少し重くなった。


 雪夜は黙って聞いている。


「この試合で三盗封じが成功しなかったら、次の相手も三盗戦法を仕掛けてくるだろう」


 それは、十分にあり得ることだった。


 高校野球の大会。


 勝ち進めば、相手は試合を見てくる。


 情報も集める。


 東鶴間高校の弱点が明確なら、当然そこを狙ってくる。


 咲は強い口調で言った。


「ここが分岐点だ」


 部員たちの表情が引き締まる。


「一度でも、簡単には三盗できないと思わせる必要がある」


 雪夜。


 歩夢。


 竹田栄司。


 三人だけの問題ではない。


 内野手も声をかける。


 投手は牽制する。


 捕手は少しでも早く送球する。


 三塁手は素早くタッチする。


 チーム全体で走者へ圧力をかける。


「みんな、頑張ってくれ」


 部員たちは声をそろえた。


「はいっ!」


 咲は一度頷いた。


 そして、雪夜を見る。


「雪夜」


「はい」


「お前からも、何か話があるだろう」


 雪夜は少し驚いた。


 だが、すぐに立ち上がった。


 キャプテンとして。


 そして、この試合で最も弱点を狙われる可能性が高い捕手として。


 雪夜は、仲間たちの前に立った。


 少しだけ言葉を考える。


 そして、頭を下げるようにしながら言った。


「みんな……」


 全員が雪夜を見る。


「僕の肩が弱いせいで、負担をかけていることを……すまないと思っています」


 その言葉に、何人かが表情を変えた。


 雪夜の肩が弱い。


 それは事実だった。


 だが、それを雪夜一人の責任だと思っている者はいなかった。


 雪夜は続けた。


「でも……だからこそ、この試合は三盗封じを成功させたい」


 雪夜は顔を上げる。


「そのために、みんなで練習をしてきたから」


 歩夢が牽制とクイックを練習した。


 竹田が送球を受け、素早くタッチする練習をした。


 雪夜も、捕球してから投げるまでの時間を少しでも短くしようとしてきた。


 失敗しても、繰り返した。


「僕一人では、三盗は止められない」


 雪夜は正直に言った。


「だから……みんな、協力してほしい」


 少しの沈黙。


 その後、仲間たちの声が響いた。


「おうっ!」


 高柳龍二郎も。


 天宮真十郎も。


 新井元気も。


 六条遊人も。


 浮田総二も。


 白石広志も。


 竹田栄司も。


 夏目海も。


 伯方歩夢も。


 早田士郎も。


 誰一人として、雪夜を責めてはいなかった。


 雪夜は小さく笑った。


「ありがとう」


 咲はその様子を見て、静かに頷いた。


 四回戦。


 ただ勝つだけではない。


 三回戦で露呈した弱点に、自分たちがどう向き合うのか。


 その答えを示す試合でもあった。


 選手たちは、グラウンドへ向かう準備を始めた。


 今日の先発は伯方歩夢。


 捕手は高橋雪夜。


 三塁には竹田栄司。


 もし相手が走ってくるなら。


 今度こそ、止める。


 東鶴間高校野球部の県大会四回戦。


 その試合が、始まろうとしていた。

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