第22話 東栄、一回表
試合前、東栄高校のスターティングメンバーが発表された。
その中に、佐藤秋一郎の名前はあった。
だが、ポジションは――投手ではなく、遊撃手だった。
「……佐藤、投手じゃないんだな」
センターの新井元気が、高橋雪夜に小声で言った。
「ああ」
雪夜は、静かに頷く。
「向こうの監督は、佐藤を使うまでもないって思ってるんだろう」
「まあ……仕方ないや」
元気は苦笑した。
「オイラたちは、気楽にやるしかないもんな」
「そういうことだね」
雪夜はそう答え、グラウンドに視線を戻した。
そして、試合が始まった。
一回表・東栄高校の攻撃
先頭打者、泉壮一。
鋭い打球が、右中間を割った。
泉は一気に二塁へ滑り込む。
――二塁打。
続く二番、沢口誠士郎。
初球を確実に転がし、送りバント。
ワンアウト、三塁。
そして――
打席に入るのは、三番。
佐藤秋一郎。
左打席に立つその姿だけで、球場の空気が変わった。
マウンドの座間康太は、深く息を吸い、低めにフォークを投げ込む。
――悪くない球だ。
だが。
佐藤のバットが、迷いなく振り抜かれた。
打球は、右中間へ一直線に伸びていく。
「……!」
二塁打。
三塁走者が悠々と生還し、東栄が先制した。
二塁ベース上で、佐藤がふと顔を上げる。
「雪夜、久しぶりだね」
その声は、はっきりと届いた。
――だが。
雪夜は、何も答えなかった。
視線も、向けなかった。
「もう……つれないなぁ」
佐藤は、どこか楽しそうに呟いた。
続く四番、近藤烈也。
左打席に立つ近藤に対し、座間は外角低めへフォークを投げた。
――これも、決して甘くはない。
だが、近藤は構わず振り抜いた。
乾いた音。
打球は高々と舞い上がり、左翼スタンドへ――。
ツーランホームラン。
一気に、3点差。
ベンチの東栄高校は、騒ぐことすらしない。
それが当たり前であるかのように、淡々としていた。
その光景を見ながら、東鶴間野球部の面々は思わされていた。
――これが、全国か。
点差以上の、
埋めようのない差を。
3点を奪われた東鶴間高校だったが、
東栄高校の攻撃は、それで終わらなかった。
五番の鈴本次郎、六番の島田啓示、七番の金森公士郎。
いずれも甘い球ではなかった。
それでも、打球は野手の間を抜けていく。
――連打。
さらに1点を失い、スコアは 4点差となった。
それでも、座間は踏ん張った。
八番の捕手・小野冬誠を内野ゴロ。
九番の投手・山元太郎を三振に仕留める。
ようやく、長かった一回表が終わった。
だが、東鶴間高校のベンチに戻る選手たちの表情は重い。
――4点。
数字以上に、重くのしかかる点差だった。
そして、一回裏。
東鶴間高校の攻撃が始まる。
先頭打者は――
高柳龍二郎。
バットを手にし、打席へ向かう直前、高柳は小さく呟いた。
「……よし。じゃあ、行ってくる」
「気楽に行きなよ、高柳」
雪夜は、穏やかな声で言った。
高柳は、軽く頷くと、左打席に立つ。
マウンドには、東栄の投手・山元太郎。
力のある直球を投げ込んでくる、好投手だ。
高柳は、じっと投手を見据え、バットを構えた。
――ここからだ。
大きな差を、いきなり埋めることはできない。
だが、何もしなければ、このまま終わる。
この瞬間から、
東鶴間高校の抵抗が、始まろうとしていた。




