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夢見る星で待っていて  作者:
第2章
22/22

22.月へ

まだ早い朝、私は隣に寝ている男性の温くもりにホッとして、また瞼を閉じた。



「ママ、もう起きて!」


まだ眠い私を起こしに来た子供に見覚えがあった。


「······ん」


ええと、これは悟君、彼は豪さんの息子さんだ。

んん!?なんで豪さんの子どもが私をママなんて呼ぶの?


仰天して飛び起きた。


「「おはよう、ママ」」


双子達が笑顔でハモっている。


ま、待って、私はいつ双子の母になったの?


私は子を産んだ覚えもないし、結婚した記憶も······。


「深月」


······深月?


私は乙女よ。友人になら美月はいるけど。でもあれは前回の朏乙女のだけれど。


聞き間違いでは無いならば、豪さんが私をそう呼んでいる。


───そうだった、私は深月、宮野深月なのだ。


気づいたら、そうなっていた。


いつの間にか、八歳の私はいなくなり、朏乙女ではなくて深月になっていたのだ。


この状況は、月がまた何らかの理由で時を戻したということなのだろうか?

私はその事情を一切知らない。


月はクーデターが起きてから政情が安定しないと言われている。

地球へ月には先住民がいると公表したのはテドーロス王ではなく、見知らぬ別の王だった。




私には朏乙女という少女の記憶がある。しかも二度もその名前で生きていたのだ。

その時は宮司の朏奏太の娘だった。


でも今は、早乙女深月という女性の人生を歩んでいる。

早乙女は朏小夜子の旧姓で、小夜子は私の母ではなくて伯母だ。まー君こと朏益荒男は私の三歳違いの従兄弟。

奔放な伯母小夜子は不倫で離婚をして、不倫相手と駆け落ちしたけれど疫病で他界している。


疫病で亡くなった人は前回の時を戻した時よりも多かったけれど、今は収束している。


まー君も私も今回は熊討伐隊に参加はしていない。

だから、伊織さんと豪さんとも知り合いではなかった。


私が二十歳になった時、私を訪ねて来た安倍川須磨子さんという千里眼の持ち主に、伊織さんと豪さんを紹介された。

豪さんは疫病で奥様を亡くして、シングルファーザーになっていた。双子達はまだ小さかったから実母を覚えていないみたいだ。

子供達は私に良く懐いてくれている。


伊織さんも豪さんも時が戻ったことを知らないし覚えていない。だから式神さんも私にはついていない。

須磨子さんだけが、私が二度も朏乙女だったこと、月と地球の時が戻ったことを知っていた。


「これは混乱するわよねぇ」

「は、はい。ずっと終わらない夢を見ているみたいで、また何もかもが変わってしまいそうで不安になります」

「それでも、あなたは幸せにならなくちゃね」


両親は高校生の時疫病で亡くなり、大学には行かずに、朏家の巫女職に就いた。


今世では友人としての出会いはなかったけれど、美月と大月君の結婚式を巫女として補佐できたのは感激だった。


如月君は健在で、この神社に通い詰めている。遠くから見ているだけで、声はかけてこない。


「あいつ、また来てるの?」

「そうみたいね」

「しつこいにも程があるよな」


まー君も呆れている。


私が豪さんと付き合いはじめると「なんでマタギなんかと!」と、初めて近寄って来て罵られた。

そのマタギの豪さんに嫁ぐと知ったら発狂するだろうか?



伊織さんから、結婚のお祝いに式神さんをつけてもらった。

三度目の三日月は、やっぱりのっぺらぼうだったけれど、実はそれは仮面なのだと初めて聞かされた。


「なかなかの美形だよ」

「ええ~、どうやったら見せてもらえるんですか?」

「三日月、深月ちゃんに教えてやれよ」

「い、伊織様!それはご勘弁を」


伊織さん曰く、三日月は極度の上がり症なのだとか。それでのっぺらぼうの仮面を被るようになったらしい。


「のっぺらぼうでも、私は式神さんが大好きよ」

「み、深月様······!」


式神さんは照れに照れた。


「それは聞き捨てならないな」


豪さんはほんの少しむくれた。豪さんも寡黙だけれど、言葉にしなくても表情や態度で気持ちがわかるようになった。

他者の心を読むチートは無くても。


「いつかでいいから、素顔を見せてね」


式神さんとも三度目だから、信頼度が違うのだ。式神さんはその事を覚えていなくても。


「これからも、どうぞよろしくね」



***



三三九度の途中、感無量で眼が潤んだ。

二度も私の父だった朏奏太が、かつて私の実家だった神社で私と豪さんの式を執り行っているたからだ。


キリスト教式の結婚よりも、神社で行う神前結婚が昨今は人気のようで、当日も見物人が大勢いた。しかも如月君まで紛れていたからハラハラしてしまった。


白無垢、文金高島田に綿帽子の花嫁姿に五歳の双子達は、仁は「雪だるま!」、悟は「······雪女?」とそれぞれ子供らしい率直な感想を漏らした。

これは褒め言葉だと受け取っておこう。



そうやって私は宮野豪さんの妻になった。



それから数ヶ月が経ったけれど、隣に豪さんが寝ていることにまだ慣れない。

突然また全部元に戻るとか、今あるものが急に消え去ってしまいそうで怖くなる。

別の世界線ではまだ月にいる私がいて、八歳の乙女もどこかに並行して存在しているような気がして落ち着かない。


乙女だった時の記憶と感情がごちゃ混ぜになって、ふとした時に戸惑う。

アデュと月へ行った時がはるか彼方の昔のことに思える。ファラーを撃ち抜いた銃声がついこの間のように生々しく甦ることもある。

ファラーの喉を貫いたナガサ、あの白刃の煌めきも目に焼き付いている。


深月になってからの、豪さんと結婚するまでの時間が、あまりにもあっという間で現実味がない。


「どうした?」


頼りなげな私、所在無げな私をいつも優しくあやしながら抱擁してくれるのは、紛れもなく豪さんなのだ。


この温もりだけは決して失いたくない。


こんな日々を繰り返しながら、過去は次第に風化して行くのだろうか。


翌年私は女の子を授かった。名前は羽月。

これは豪さんが名付けた。


「この子は月へ行くかもしれないな、君の代わりに」



それから三十年後、民間人も渡航が可能な月との星間連絡船が就航した。


そのニュースが流れる月のエアポート紹介の映像に、アデュにそっくりな人物の姿があった。


あれは新型のヒト型アンドロイドだろうか。


もう心は少しも痛みはしない。



「母さん、今度月へ旅行に行こうよ」


長男である仁が月への家族旅行を提案した。子供達は既に巣立ち、それぞれに家庭を持っている。

何せ宮野家は代々結婚が早いのだ。


「そうだな、みんなで行こうか」

「大所帯になるわね。羽月もきっと驚くわ」

「ああ」


大学教授にしてマタギの夫は喜悦を滲ませた。

羽月は月基地に研究員として在籍している。久しぶりに愛娘の顔を見れるのだ。


伊織さん一家も同じ船だという。


「深月ちゃん、月でご一緒しましょうね」

「はい、とても楽しみです」


次の満月の日に出航だ。


もう月へなんか行かないと叫んだのはいつの日のことか。


乙女と深月の記憶を持ちながら、愛する人達と共に私はかつて夢見た星へ行こう。



(了)

最後までお読み下さってありがとうございました。

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