2.月の砂
「ねえ、みかは何でいつも金髪に染めているの?飽きない?」
「えっ···、うん、この色が一番しっくりくるからかな」
私は親友の美月にも、地毛がこの色なのだと信じてもらえずにいる。
これは生まれつきでと言っても、冗談だと受け取られて、私が金色にわざわざ染めていると思われているのだ。
私は生まれた時は黒髪だった。高校生の時に突然金髪になって驚いてしまったけれど、この髪にもようやく慣れてきたところだ。
宮司の娘である私が巫女の手伝いをする時はウィッグを被っている。毎日の通学でそれをするのは面倒だから大学を出るまでは金髪でいるつもり。だけど、就活の時にどうするか今から悩ましい。
ハーフでもクォーターでもないのに金髪というのはどうしても奇異の目で見られてしまう。
実はハーフなんですなんて詐称するわけにもいかないし。母の浮気相手が外国人だったら大手を振ってハーフですって言えたのに、それもできない。
しかも私の目は緑と金色のオッドアイ。これは普段はダークブラウンのカラーコンタクトレンズをしている。
彫りの浅い顔立ちに金髪でオッドアイだとコスプレにしか見えないみたいだ。
なんだか中途半端というか、ブサカワ系の猫のような気分。
早いもので、そんな私も大学二年生になった。5月生まれの私はもうすぐ二十歳だ。
しぶとく蔓延している疫病対策のためリモートで講義を受けられるけれど、農学部の私は実習があるのでどうしても通学が増える。
自分で植えて育てながら研究するしかないからだ。特にアレロパシー(他感作用)の研究は、組み合わせをいくつも試すため、日々観察とチェックが必要で放置できない。
月の砂と同じ成分の土ではなかなか思うように育ってはくれない。でも、ひよこ豆は収穫に成功した。有り難くも先人のレシピを試してみればいいからだ。
定番のフムス以外にもひよ子豆バージョンのチリコンカンやカレーを作ってグループみんなで食べた。
今育てているのはアマランサス、キヌアなどの南米産の穀物。
スーパーフードと呼ばれているものは悪条件でも逞しく育ってくれるから頼もしい。
星間輸送船内やステーションでも野菜は水耕栽培で収穫できるけれど、月の砂ではまだ難しい。
それに、私が使用している月の砂は代用品であって本物ではないから、厳密には本物の砂で同じように育つかはまだ不明なのだ。
私の研究が虚しい研究と揶揄されてしまうのはそのせいだ。
卒業してどこかのラボに潜り込めたら、本物の月の砂を試すことが出来るかもしれない。
アレロパシーの研究は月に限らずこの星でも有益だから、卒業論文のテーマとしては困りはしない。後は地道に成果を出すしかないの。
チートを利用すればさもないのだけれど、私は研究成果を出すためにチートは使わない。だって、チートが無いと再現できないレシピなんて困るでしょ?
誰でもレシピ通りにやれば再現できるものでなくては価値がないのだから。
美月は絶滅危惧種のコーヒー豆とカカオの育成に取り組んでいる。私の研究とは違って、もちろん地球の土でだ。
代用コーヒーや代用カカオは安価だけれど、本物は希少でべらぼうに高い。ハレの日の特別な贈答品として本物の食品や嗜好品は珍重されている。
現代では家庭菜園を持つ人は増えているけれど、流通しているものは主に畑で収穫されるものよりも工場で収穫されたものが圧倒的に多い。
自宅の家庭菜園では私の植物の生育を操るチートを使いたい放題。
私の自宅の部屋は大好きな多肉植物まみれ、美月の寮の部屋も観葉植物で溢れているのは、常に何かを育てていたいという気持ちが強いからなのかも。
それは、疫病を媒介する恐れがあるという理由で、数年前から家禽ではないペットは禁止されている影響もあるのかもしれない。
動物園も水族館も閉園を余儀なくされてしまったから、身近で人間以外の生き物と触れ合えないの。
私が高校生の時、人喰い熊討伐隊に参加したのも、自分のチートを試してみたいとか役立てたいという願望以上に、野生の生き物を間近で体感したかったのが理由だった。
「いつまで不毛な研究をするつもり?朏さんて案外諦めが悪いんだね」
「月の砂以外でも平行してデータは取っているわ」
先日交際を申し込まれて断った同じグループの如月君が、それ以来私を目の敵にして何かと絡んでくる。
私に告白してくるまでは妄想チックな気持ち悪い念を送って来たけれど、振られてからは悪意と憎悪をバシバシ向けて来る。
馴れ馴れしく初対面からみかちゃんて呼んでいたのに、手のひらを返したみたいに嫌みっぽく朏さん呼びをしてくるのがいかにも非·爽やか青年らしい。
「俺は不毛ではないと思うよ」
「あっ、大月君。亜月君も遅かったね」
「望月はもうちょい後から来るってさ」
グループミーティングのために召集された人達がやって来た。
私達はみな名前に月がつくので通称月チームと呼ばれている。
美月が親しげに笑顔を向けながら声をかけた亜月という聞き覚えのない名前を不審に思いながら振り向くと、長めの金髪にオッドアイの青年がそこにいた。
私とは違って、彫りの深い顔立ちの彼は、そこに佇んでいるだけで絵になる人だった。
編入生だろうか?彼に見覚えは全くなかった。
目が合うと以前からの知り合いであるかのようにこちらに微笑んだ。
······この人って、誰?
私はこんな人は今初めて見たのに。
ファッションで髪を様々な色に染めている人はいても、私と同じ緑と金色のオッドアイの人はいない。
私は美月に「誰あの人」とこっそり聞くと「やだ、何言ってるの?私達が一年生の時からのクラスメイトでしょ。もう、みかってば、あんなイケメンを何で忘れるかな?」と呆れられた。
は?クラスメイトですって?!
── 嘘だ、私のクラスにこんな目立つ容貌の人はいなかった。
いくら恋愛に興味の無い私でも、同じクラスのイケメンの名前ぐらいは覚えている。
大月君や如月君達まで、まるで暗示にかかったように、亜月君を普通に受け入れている。
みんなこそ、どうしちゃったの?
亜月なんて人、私は知らない。
どうなっているの?




