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サミダレが空へ昇る途中、

ガイドの女性は地上を見下ろした。

未だ、あの海色髪の少年は

レイニーを見つめている。

徐々に少年の姿が小さくなり、

完全に見えなくなる直前に、

少年がこちらを見たような気がした。

だが、もう目を凝らしても少年は見えず、

レイニーの車体もミミズのように小さくなった。

あの少年は一体何だったのだろう。

ずっとそのことが気になって、

自分の休憩時間を返上して

女性はある人物に

話をしてみることにした。

12両あるサミダレの最前両、

運転席から見てすぐ後ろのボックス席に、

その人物は座っている。


「おじいさん、隣りいいですか?」


もう真っ白になった頭に、

シワだらけの肌。

いくらか古くなった背広を纏い、

葉巻タバコを片手に窓の外を見ていたが、

女性に呼ばれた老人は振り向いた。


「…お嬢ちゃんか。」


老人はタバコの火を消してから

重そうな腰をあげ、

向かいの席に置いていた鞄を

自分の隣りに移動させた。

空いた席に女性が座ると、

彼はまた窓の外へ視線を移した。


「今日もいい眺めだ。

何度見ても飽きが来ない。」


外を眺める彼の横顔が

とても幸せそうで、

なのにどこか寂しそうだったから、

女性はすぐには何も言わなかった。

いつもそうだった。

彼の横顔を見る度に、

彼の過去と現在を想う。

レイニーが最後の旅行をした時、

運転をしていたのが彼だった。

彼は20代の頃にその手腕を買われて

雨列車の運転者の資格を取り、

30年のも間レイニーと空を飛んだ。

レイニーを眠りにつかせることが

正式に決まった時には、

永世雨列車運転者称号というものを授かり、

いつでもいつまでも

雨列車に無料で乗れる権利をもらった。

実際にその権利を使うことになるのは、

彼が70歳になって雨列車の運転者を

引退してからではあるが。

そして今となっては、

レイニーの運転経験がある唯一の運転者だ。


「本当に…いい眺めだ。」


レイニーが眠りについた後も

彼は雨列車の運転者として働き続け、

70歳の誕生日を迎えた引退の際には、

このサミダレを運転した。

運転者を引退してから時間が過ぎ、

85歳という年齢になったが、彼は毎日のように

世界中の雨列車に客として乗ってきた。

サミダレの他にもたくさんだ。

レーゲーン、ユイ、ムーヴァ…。

いくつもの国の様々な雨列車に乗り、

それぞれの特徴や景色を

彼は色々な場所で語り継いできた。

そしてガイドの女性は、

彼にとってはいい話し相手だった。

女性にとっても、

彼の話は仕事をより良くするための

ある種の情報源となっていた。


「それで、何か用か?」


ようやく感傷に浸り終えた彼が

女性の方へと視線を向ける。

律儀に待っていた女性は、

先程出会った少年について

ありのままを話した。

ボロボロの服装に、ボサボサの髪。

レイニーを見る遠い目。

寂しそうという感想。

女性の考えでは、

少年はロディオ広場の近くの孤児院か

似たような施設の子どもで、

独創的な感性の持ち主……というには程遠い、

何か特別な存在ではないか。

確証はないが、あの少年からは

ただならぬ何かを感じた、と。


「……雨列車の心。」


女性の推論を最後まで聞いてから、

彼は少し間を空けて呟いた。


「心…?どういう意味ですか?」


女性が聞き返すと、

彼はしばらく黙り込んだ。

忘れていた何かを思い出すかのように、

記憶の奥から言葉を運ぶ。


「…人から大切にされた物には魂が宿るというが、

雨列車にもそれがあると言われている。

しかもそれは、人の姿に化けるという。

レイニーを初めて

空に連れて行った初代の運転者が、

得体の知れない生き物から

帰り際に何かを言われたことがあると、

そういった話があるそうだ。

その初代の運転者さえ

一度限りしか見たことがないらしいが、

雨列車運転者の間では

その話を雨列車の心と呼んでいる。」


俺も見たことはないがな。

と彼は最後に付け足した。

雨列車の心……か。

なんだか、不思議な気持ちになった。

女性が出会ったあの少年が、

もしや雨列車の心だというのか。

レイニーはまだ走りたかった。

でも、寿命のせいで走れなくなった。

人を乗せ、夢を乗せ、希望を乗せて

遥か彼方へもっと走りたかった。

それが叶わなくなったから、

寂しいという感情を抱いた……。

しかし、少年はレイニーを『見て』

寂しいそうだと言ったのだ。

本当に少年が『レイニーの心』なら、

寂しそうではなく、寂しいと言うはずだ。

レイニーと少年に何らかの繋がりがあるとしても、

少年はレイニー自身とは違う。


「ありがとうおじいさん。

引き続き、旅行を楽しんでいってね。」


彼をお礼を言ってから、

女性は席を立った。

去り際に頭を下げて、

もうすぐ到着する目的地の資料に

目を通すためにガイド用の部屋に戻った。

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