覚醒
(なんじゃ……あれは?)
ラナは目の前の光景に戸惑う。吸血鬼に血を吸われて生気を失い息絶えたはずの少年が、体中に少年の髪と同じ色の柘榴色の気を発していた。その光景が禍々しいものとしてラナの目には映った。
「なんなんですか……なんなんですか貴方はああぁぁーーっっ!!」
ルカが狂気に満ちた声を上げながら、禍々しい気を放っている少年……クロウの元へと駆け出す。それまで目を瞑っていた彼の両目がカッと大きく見開かれる。いつもの黒目だったのが、今は紫で妖しい光を両目から放たれている。
ルカは手を前に出すと爪が急激に伸びる。ルカはその手をクロウの顔目掛けて振るう。
「主っ!!」
危険を察してラナがクロウに向けて叫ぶ。だが――。
「何っ!?」
ルカの爪が顔に当たる刹那、ガキンという音と共にその攻撃は払われる。たがルカが驚愕の声を上げたのは払われた事じゃない。その払った武器を見てだ。
「何故……じゃ?」
それはラナも同様だった。彼女の視線がクロウの左手へと注がれる。
「何故……何故貴方が……」
震える声でルカが手で顔を覆い狼狽える。
「何故貴方が私と同じ爪をしているのですかっ!?」
ルカが発狂する。
その発狂の原因となっているのはクロウの左手が、ルカと同じように爪が伸びている。
(……おかしい)
ラナは目の前の光景が信じられなかった。何故、人の身であるクロウが真祖の吸血鬼であるルカと同じ爪を有しているのか。吸血鬼は自身の爪を自由自在に伸び縮みさせ、他者目掛けてその爪で引っ掻くする事が出来る。
だが、クロウは人間であって吸血鬼ましてや真祖の部類の吸血鬼ではない。
「何なのですか……これではまるでっ」
ルカは声を上げながらその場をジリジリと後退る。理解できないものを見たからか、恐怖で肩をビクビクと震わせている。
「まるで……バケモノではないですかっ!?」
ラナはルカの言葉を理解する。
そう、ただの人間にはこんな事は出来ない。こんな芸当が出来るのは吸血鬼や亜人……、世間でバケモノと侮蔑されている種族だけだ。ラナはさっきからずっと無言でいるクロウに目を向ける。
(あの瞳……)
ラナはルカの両目から妖しい光を放つ紫の瞳を見つめる。
(恐怖を感じさせると同時に何故かどこか懐かしさを感じさせる……)
ラナはルカの姿をどこか懐かしいように感じていた。それはいつの事だったか、それは全く分からない。なにせ彼女は、それ程までに永く生きているから。
「うわあああぁぁぁーーー!!!」
奇声を発しながらルカは得体のしれない存在と化したクロウへと特攻する。が――
「……グッ」
ルカは特攻していた足を止め、その場に勢い良く跪く。ラナはその光景を見て驚愕する。だってそれは
「くっ、な……ぜ、貴方が……ぐぅ……私の能力……グラビティが使えるぅぅぅっ!!」
ルカは目を剥き、先程までの丁寧口調を崩し叫ぶ。それ程までにルカには余裕が消え去っていた。たった今目の前で自身の真祖の吸血鬼である自身の能力を人間であるクロウがいともたやすく行使してきたのだから。
「――っ!?」
ルカが声にならない悲鳴を上げる。
クロウがいきなり目の前に音も無く現れたからだ。
「な、何故だ……に、人間でもないのに」
ルカは絶望に染まっていく瞳でクロウを見上げる。クロウの妖しい光を放つ紫の瞳は依然として光り輝く。そしてその瞳からは感情と言うものが一切感じられない。
クロウは自身の左手を振り上げる。そして爪が徐々に伸びていく。
「ふっ……ふはは、ふははははっ!! 認めない、私は認めないっ!! 人間に負けるなどおおおぉぉぉっっっ!!!」
ルカはそう言って、必死に身体をジタバタさせようと藻掻くがピクリとも動かない。それ程までにクロウが掛けている能力……グラビティが強力だという事である。
――ザシュッ!!
「……なんと、いうことじゃ」
ラナは呆然とその光景を眺めた。
目の前では吸血鬼の真祖に当たるルカが一人の……それも人間であるクロウに身体を斜めに思い切り引き裂かれていた。クロウの爪で裂いた箇所から赤褐色の液体が飛び散る。
「がっ……ぐはっ……」
ルカは小さくそう呻くと後ろにバタリと倒れ込む。
「…………」
クロウはその光景を何も言わずに眺めている。
「主……」
ラナはクロウの元に歩み寄りながら声を掛けた。だが次の瞬間
「っ……主……主っ!!」
今まで放出されていたクロウの髪と同じの柘榴色の気が消え去ると同時に、クロウがその場に倒れ伏した。ラナは慌ててクロウの傍に行くと抱え起こし声を掛け続ける。だが、いくら呼び掛けても目を覚ます事は無かった――。