第7話 殺人カップルは王都を蹂躙する
機銃掃射を止めて成果を確かめる。
あれだけいたはずの騎竜部隊はほぼ全滅していた。
大部分が物言わぬ肉塊になるか、レーザーに切断されて落下している。
まだ残っている幸運な兵士達は、こちらを遠巻きに見ていた。
接近する気配はなく、むしろ逃げ出したいくらいだろう。
彼らから立ち昇る恐怖の香りは甘美なものである。
私は思わず機銃のトリガーを押そうとしたが、その前に助手席のジェシカが首に腕を回してきた。
「ダーリンったら大胆ね。私も戦いたくなっちゃった」
「少し待ってくれ。どこかに着陸する」
「焦れったいわ。このまま行かせてもらうから」
カタナソードを持ったジェシカがおもむろに外へ飛び出した。
重力に引かれるままに、可憐な妻の姿が視界から消える。
目を見開いた私、ほとんど無意識に叫ぶ。
「ジェシカ!」
「落ち着いて。ほら、大丈夫よ」
思ったより近くで彼女の声がした。
私は機体の高度を維持しつつ、助手席の向こう側を注視する。
階段でも上がってくるかのような動作でジェシカが現れた。
気さくに手を振る彼女の足元には神々しい光がある。
タイル状の光が足場となって、ジェシカの落下を防いでいるようだった。
状況を察した私は胸を撫で下ろす。
「魔術の応用か。君も上手くやっているね」
「どうせなら楽しまないといけないでしょ?」
「その通りだ」
「うふふ、ダーリンなら分かってくれると思ったわ」
ジェシカが見惚れるような微笑みを覗かせて、空中歩行を開始した。
彼女の動きに合わせて幾枚ものタイルが生まれて点々と浮遊する。
生成ペースがだんだんと上がるうちに行き先が判明した。
光のタイルは生き残りの騎竜部隊のもとへ続いている。
それに気付いた彼らが逃亡を選択した瞬間、ジェシカも疾走を始めた。
割れんばかりの勢いで光のタイルを蹴り進んでいく。
「手分けして戦いましょ! 間違って私を撃たないでねっ」
「女神を誤射するほど冒涜的ではないよ」
私はあっという間に小さくなった妻の背中に苦笑する。
機銃掃射で彼女のボルテージも上がっていたのだ。
助手席に座っているだけでは納得いかなくなったらしい。
ジェシカは急降下する騎竜隊に追い縋る。
彼女が舞うようにしてカタナソードを振るうと、ワイバーンと兵士の首が一緒に飛んだ。
ジェシカは断面から迸る血飛沫の合間を駆け抜ける。
落下に等しい挙動で突き抜ければ、さらに別の生首が回転しながら飛んだ。
かつて聖女だった殺人鬼が、逃げ惑う騎竜隊を屠っていく。
「やれやれ、元気な妻だ」
私も生粋の殺人鬼だが、彼女はさらに情熱的なタイプであった。
昔から接近戦にこだわっており、滅多なことでは銃や爆弾を使わないほどの徹底ぶりだった。
生まれる時代を間違えたのではないかと思ってしまうが、そのこだわりを貫き通せるだけの実力を持つ。
そしてこの異世界では、武器は剣や槍などが主流だった。
魔術も存在するが、誰もが使える能力ではない。
まさしくジェシカが満喫できる舞台である。
もちろん私にとっても素晴らしい世界には違いない。
迫る人間を重火器で一方的に薙ぎ払うのは楽しくて仕方なかった。
そうこうしているうちに、残存していた騎竜隊は片付けられていた。
ものの一分もかかっていない。
「相変わらず見事な手際だ」
私は感心しながら、地上を進んでいた別部隊の兵士達に弾丸をプレゼントする。
ジェシカを包囲しようとしていた彼らをミンチに仕立て上げていった。
心配せずともジェシカなら簡単に返り討ちにできるが、私もまだ殺し足りない。
ちょっとくらい横取りしてもいいだろう。
逃げ惑う地上の兵士を嘲笑いながら、私は機銃の無慈悲な破壊力を知らしめていく。
それからほどなくして我々は王国軍の部隊を殲滅した。
地上も空中も制圧した形になる。
付近を挑発目的で飛んでみるも、増援がやってくる様子はない。
逃げる住民が混乱しているだけだ。
こちらが攻撃を受ける兆しは一向に見られなかった。
(騎竜部隊の死が響いたのかもしれないな)
空中戦のスペシャリストである彼らが太刀打ちできない以上、他に何をやっても無駄なのだ。
もしかするとさらなる秘策を準備している可能性があるが、別に好きにすればいい。
その時はこちらで対処するだけだ。
退屈な展開は望んでいないので、さっさと反撃に移ってほしいものである。
機内にジェシカが戻ったところで再び進み始めた。
王都上空を飛行し、順調に中央部へと進んでいく。
「ダーリン、あそこを見て」
「ふむ、何かな」
ジェシカの指差す先は地上の一角だった。
戦闘ヘリの進行ルートに重なる位置で、注目するとそこには十字架を掲げる巨大な建造物があった。
あれは教会だろうか。
敷地面積はかなり広く、同じような施設がいくつも並んでいる。
あのエリア一帯がすべて教会の物らしい。
「聖女レアナが生まれ育った場所よ。子供の頃は厳しい修行ばかりしたわ。他にも色んな勉強をさせられて、聖女に相応しい振る舞いを強いられたの」
「それは大変な日々だったな」
「レアナは納得して取り込んでいたみたいよ。充実した毎日だと思っていたみたい。まったく、馬鹿真面目な娘ね」
頬杖をつくジェシカは冷めた目をしている。
先ほどまでの熱は、すっかり過ぎてしまったようだ。
前世の記憶を取り戻した今、教会での生活は嫌な思い出なのだろう。
今世の私であるノドルも不遇な人生を辿っていた。
落ちこぼれの彼は虐げられる毎日で、何にも恵まれない不甲斐ない青年であった。
挙句の果てに肉体まで乗っ取られて人格が消滅している。
あまりにも不憫で、さすがの私でも同情してしまう。
「…………」
私はしばらく教会を観察する。
操縦桿を動かしてから、機銃とは別のボタンを押し込んだ。
ヘリから数発のミサイルが発射されて、それぞれが教会の敷地内に着弾した。
爆炎が噴き上がり、衝撃で周囲をまとめて吹き飛ばす。
それでも私は爆撃を止めず、計二十発のミサイルを叩き込んだ。
かつて教会のあった敷地は残らず瓦礫の山となる。
燻る炎と黒煙が立ち昇っていた。
一部始終を見守っていたジェシカが不思議そうに尋ねてくる。
「ダーリン、どうして?」
「君を悲しませる存在は不要だからね。排除すべきだと思ったのさ」
「ありがとう。優しいのね」
ジェシカが薄く微笑する。
私は再びトリガーを作動して残りのミサイルを放った。
地上にてひっそりと反撃を試みていた部隊を爆散させた。
モニター越しに彼らの死を確かめつつ、私は自嘲気味に呟く。
「優しいわけじゃない。ただのサイコ野郎さ」
「それなら私はサイコ女ね」
ジェシカもどこか毒気のある口調で言った。