第50話 殺人カップルは布告する
ジェシカが駆ける。
彼女の笑い声が廊下全体に反響した。
追われる兵士はただひたすらに逃げ惑うばかりであった。
なけなしの反撃がジェシカに通じるはずもない。
無慈悲なククリナイフが彼らの命を刈り取っていく。
そんな中、一人の兵士が逃走を中断し、振り向いて我々と対峙した。
彼は決死の表情で剣を構えてみせる。
「ほう」
私は少なからず感心する。
この期に及んでまだ挑もうとする胆力は素晴らしい。
無力な者ほど勇気を振り絞るのは困難だ。
恐怖を乗り越えて行動に移せる者は稀有である。
誰もが逃げているというのに、その兵士だけが最後の抵抗を選択したのだ。
その兵士は廊下の中央を陣取ると、行儀の良い構えから刺突を繰り出してきた。
「くそ、化け物どもめっ!」
渾身の刺突はしかし、振り上げられたククリナイフに弾かれた。
割れた切っ先が回転して天井に突き刺さる。
兵士は驚愕の眼差しでククリナイフを凝視していた。
持ち主であるジェシカは少し不満そうに呟く。
「化け物なんて酷いわ。私達、ちゃんと人間よ?」
「う、わあああぁぁぁっ!?」
兵士が折れた剣で斬りかかろうとする。
その前に嘆息したジェシカが空いた片手を引く。
仕掛けられていたピアノ線が絞られて兵士の片脚を切断した。
兵士は受け身も取れずに転倒する。
私はそこに歩み寄ると、後頭部にショットガンを押し付けた。
「妻を罵った罪は重いぞ。しっかりと味わいたまえ」
「ま、待っ――」
発言を許さずに引き金を引く。
重たい銃声が轟き、兵士の頭部が砕け散った。
至近距離からスラッグ弾の直撃を受けたのだ。
ひとたまりもなかったろう。
私はショットガンを回して肩に担ぐ。
廊下に残るのは死体ばかりだ。
生きている兵士は既に別の階へ逃げてしまった。
皆殺しが目的ではないのでそれは構わないものの、なんともあっけない気がする。
同じ心境だったらしく、ジェシカも頬を膨らませて愚痴を洩らした。
「手応えがないわねぇ……魔王はあんなに強かったのに」
「比較するのは酷だよ。これでも彼らは精鋭なのだから」
「じゃあダーリンは満足しているの?」
「ふむ……まったくしていないな」
私は苦笑しながら引き金を引く。
散弾が天井に炸裂し、その奥でくぐもった声が発せられる。
撃ち抜かれた穴から血が垂れてきた。
ジェシカと顔を合わせた私は、肩をすくめてみせた。




