表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/99

第5話 殺人カップルは要望を挙げる

 我々はオープンカーで街道を爆走する。

 ほとんどノンストップで突き進んでいった。


 時折、前方からやってくる馬車や旅人と接触しそうになるので、その際はハンドルを切って回避する。

 舗装されていない草地を走ると、途端に揺れが深刻化した。

 油断するとクラッシュしそうだが、ここでやらかすほど私は間抜けではない。


 運転技術には自信があるのだ。

 まあ、それでも愚痴は抱いてしまうものだが。


「ずっとオフロードだ。もう少し整備してほしいものだね」


「仕方ないわよ。前の世界とは文明レベルが違うもの」


 助手席のジェシカが吹き抜ける風を浴びながら言う。

 髪をたなびかせる彼女の横顔は、完成された美を内包していた。

 そんな彼女が他ならぬ私の妻なのだから、奇跡とは身近に起きるものらしい。


 強い幸福感を覚える私は、一方でジェシカの言葉を反芻していた。


(文明レベルが違う、か)


 この異世界には、地球とは異なる部分が多数ある。

 技術面の遅れが顕著だが、それ以上の代表例は魔術という特殊概念だろう。


 魔力と呼ばれるエネルギーから決まった現象を発現できるのだ。

 発動に詠唱や術式や他の道具が必要な場合があるが、所詮は流派や技量の違いに過ぎず、大まかなルールは不動である。


 魔力を消費して魔術を行使する。

 その一点に尽きる。


 言うまでもなく地球に魔術はなかった。

 だけども私の脳に混乱が生じることはない。

 ノドルの記憶が魔術を肯定しており、彼の人生が理解を円滑にしていた。

 私はそういうものだと受け入れて、ほぼ完璧に使いこなしている。


 ちなみにこの世界では、神が受肉して降臨することもあるらしい。

 受肉した神が戦争に出向いてくるパターンも発生するそうだ。

 実にはた迷惑な出来事だが、それを殺し得る存在も少なからずいるという。


 まるで神話のような話だった。

 この世界の住人は戦闘能力が高めらしい。

 私やジェシカでも殺されかねない。

 二度目の死は遠慮したいので、強者と殺し合う時は警戒すべきだろう。


 私はふと後方を確認する。

 どこまでも広がる草原があった。

 遥か向こうを旅人らしき人影が歩いているが、それ以外は何も見当たらない。

 我々が目覚めた街はもう見えなかった。


「追っ手も撒いたようだね」


「私達に敵わないと理解したのよ」


「彼らも人間だ。自分の命が惜しいのだろう」


 止めに入ったところで無駄に死ぬだけだ。

 それが分からないほど馬鹿ではないと思う。


 今頃は己の無力さを痛感しながら悔しがっているのではないか。

 そんな兵士達を想像していると笑いが込み上げてくる。


「腹が減ったな。君はどうだい?」


「私も何か食べたいわ」


「よし、ここらで食事休憩にしよう」


 私はブレーキを踏んでオープンカーを停車させる。

 ドアを開けずに跳び降りて辺りを見回した。


 遮る物のない場所はちょうど緩やかな丘となっている。

 天気は晴れで気温もちょうどいい。

 外で食事をするには絶好の状態だった。


「こんな目立つ場所で休むなんて大丈夫かしら」


「問題ないさ。誰か来たところで迎撃できる」


 そんな無粋な輩が現れたら、即刻で排除してやる。

 この世界でジェシカと食事をするのは初めてなのだ。

 貴重なひと時を邪魔されれば、温厚な私も我慢できないかもしれない。


 怒り狂った姿は見苦しいし、紳士的ではない。

 願わくばジェシカには見せたくないものである。


 そんなことを考えていると、前に立ったジェシカが上目遣いに見上げてきた。

 彼女の手が持ち上がり、私の髪をそっと撫でた。


「何かな」


「前世もすごくハンサムだったけど、この世界のダーリンの顔も素敵ね。惚れ直してしまいそう」


「それは君だって同じことだよ。内面の美しさに劣らない容貌さ」


「まあ。嬉しいことを言ってくれるのね」


「事実を述べたまでだ。私は嘘がつけない性質でね」


 実際はいくらでも嘘は言える。

 むしろ得意分野と言えよう。

 絶体絶命の危機をブラフで切り抜けたことだって何度もある。


 ただ、ジェシカだけには誠実でありたかった。

 それが良きパートナーの条件だからだ。

 偽りの姿しか見せられないのなら、愛し合うことなんて不可能だろう。


 私は手を打ち鳴らして微笑する。


「さあ、食事の時間だ。自由にオーダーしてくれ。私が完璧に提供しよう」


 街道の脇に木製のテーブルと椅子を召喚する。

 その上には料理が並べられていた。


 私の分は鉄板皿で焼かれるステーキで、ジェシカはチーズバーガーとポテトとナゲットだ。

 彼女はジャンクフードが好物だった。

 異世界にはファーストフード店がないため、私が提供しなければ。


「これでよかったかな?」


「ダーリンったら最高! ちゃんとピクルスも大盛りにしてくれたのね」


「君の好みは忘れないさ」


 我々はいつも通りのやり取りしながら椅子に座る。

 それぞれ食事を進めつつ、今後に関する話し合いを開始した。


「ハネムーン中に何かしたいことはあるかな」


「私、ダーリンとお揃いの指輪が欲しいわ!」


「同感だ。是非とも作らないといけないね」


 結婚と言えば指輪だろう。

 そこだけは押さえておきたかったが、ジェシカも同じ考えだったらしい。


「指輪を作るなら挙式もしたいな。どこか良いロケーションはないだろうか」


「魔王の城なんてどうかしら。世界の果てに建っているそうよ。ちょっとロマンチックじゃない?」


「ほほう、面白い。そのまま城を乗っ取るのも一興だろう」


 魔王とは異形の怪物を使役する存在だ。

 人間と小競り合いを繰り返しながらも、世界征服を目論んでいるらしい。


 何度か各国に侵略戦争を仕掛けて、現在は休眠状態だという。

 人間の英雄達に刻まれた傷を癒しているそうだ。

 復活する前にとどめを刺してやればいいと思うが、怪物の守護があるのでそれも難しいのだろう。


(……我々がそれを達成してしまうのは愉快ではないかな)


 たった二人で魔王を退治できたら、ヒーローとして称賛されるのではないか。

 実際はサイコキラーの夫婦だが、民衆はどのような反応を見せるのか。


 なんとなく興味が湧いてしまった。

 状況が許すのなら、魔王を撃滅してもいいかもしれない。


 その後もハネムーンに関してジェシカと話し合った。

 食事が終わったタイミングで話も切り上げる。

 大まかなスケジュール候補が定まったのでいいだろう。


「ここからまたドライブね」


「ふうむ。そうとは限らないかな」


「どういうこと?」


「良い移動方法を思い付いたんだ」


 そう言って私はオープンカーを消して、代わりに戦闘ヘリを召喚する。

 黒い機体は、左右にミサイルと機銃を搭載していた。

 側面には白いペンキで道化師のイラストが描かれている。


 イラストを目にしたジェシカは小さな驚きを見せる。


「このヘリって、もしかして……!」


「覚えているかい」


「もちろん。チェス盤の時に使った機体でしょ?」


 ジェシカの言葉に私は頷く。


 何年か前、ある富豪の邸宅からコレクションを強奪したことがあった。

 そのうちの一つが、黄金とプラチナで作られたチェス盤だった。


 駒もそれぞれの金属だけで構成されており、実用性は皆無だった。

 専ら観賞用だろう。


 それを盗み出した際、脱出に使ったのがこの戦闘ヘリである。

 富豪の私兵軍を蹴散らして、最終的に対空砲の直撃を食らって大破した。

 ただし、標的であったチェス盤はしっかりと盗ませてもらった。


「こいつで空の旅と洒落込もうじゃないか」


 陸路で走るのも悪くないが、ここは空路でショートカットしようと思う。

 王都まで一気に向かうのだ。

 きっと盛大な歓迎が待っているに違いない。


 我々は招かれざる客だろうが、堂々ともてなしてもらう所存である。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ