第5話 殺人カップルは要望を挙げる
我々はオープンカーで街道を爆走する。
ほとんどノンストップで突き進んでいった。
時折、前方からやってくる馬車や旅人と接触しそうになるので、その際はハンドルを切って回避する。
舗装されていない草地を走ると、途端に揺れが深刻化した。
油断するとクラッシュしそうだが、ここでやらかすほど私は間抜けではない。
運転技術には自信があるのだ。
まあ、それでも愚痴は抱いてしまうものだが。
「ずっとオフロードだ。もう少し整備してほしいものだね」
「仕方ないわよ。前の世界とは文明レベルが違うもの」
助手席のジェシカが吹き抜ける風を浴びながら言う。
髪をたなびかせる彼女の横顔は、完成された美を内包していた。
そんな彼女が他ならぬ私の妻なのだから、奇跡とは身近に起きるものらしい。
強い幸福感を覚える私は、一方でジェシカの言葉を反芻していた。
(文明レベルが違う、か)
この異世界には、地球とは異なる部分が多数ある。
技術面の遅れが顕著だが、それ以上の代表例は魔術という特殊概念だろう。
魔力と呼ばれるエネルギーから決まった現象を発現できるのだ。
発動に詠唱や術式や他の道具が必要な場合があるが、所詮は流派や技量の違いに過ぎず、大まかなルールは不動である。
魔力を消費して魔術を行使する。
その一点に尽きる。
言うまでもなく地球に魔術はなかった。
だけども私の脳に混乱が生じることはない。
ノドルの記憶が魔術を肯定しており、彼の人生が理解を円滑にしていた。
私はそういうものだと受け入れて、ほぼ完璧に使いこなしている。
ちなみにこの世界では、神が受肉して降臨することもあるらしい。
受肉した神が戦争に出向いてくるパターンも発生するそうだ。
実にはた迷惑な出来事だが、それを殺し得る存在も少なからずいるという。
まるで神話のような話だった。
この世界の住人は戦闘能力が高めらしい。
私やジェシカでも殺されかねない。
二度目の死は遠慮したいので、強者と殺し合う時は警戒すべきだろう。
私はふと後方を確認する。
どこまでも広がる草原があった。
遥か向こうを旅人らしき人影が歩いているが、それ以外は何も見当たらない。
我々が目覚めた街はもう見えなかった。
「追っ手も撒いたようだね」
「私達に敵わないと理解したのよ」
「彼らも人間だ。自分の命が惜しいのだろう」
止めに入ったところで無駄に死ぬだけだ。
それが分からないほど馬鹿ではないと思う。
今頃は己の無力さを痛感しながら悔しがっているのではないか。
そんな兵士達を想像していると笑いが込み上げてくる。
「腹が減ったな。君はどうだい?」
「私も何か食べたいわ」
「よし、ここらで食事休憩にしよう」
私はブレーキを踏んでオープンカーを停車させる。
ドアを開けずに跳び降りて辺りを見回した。
遮る物のない場所はちょうど緩やかな丘となっている。
天気は晴れで気温もちょうどいい。
外で食事をするには絶好の状態だった。
「こんな目立つ場所で休むなんて大丈夫かしら」
「問題ないさ。誰か来たところで迎撃できる」
そんな無粋な輩が現れたら、即刻で排除してやる。
この世界でジェシカと食事をするのは初めてなのだ。
貴重なひと時を邪魔されれば、温厚な私も我慢できないかもしれない。
怒り狂った姿は見苦しいし、紳士的ではない。
願わくばジェシカには見せたくないものである。
そんなことを考えていると、前に立ったジェシカが上目遣いに見上げてきた。
彼女の手が持ち上がり、私の髪をそっと撫でた。
「何かな」
「前世もすごくハンサムだったけど、この世界のダーリンの顔も素敵ね。惚れ直してしまいそう」
「それは君だって同じことだよ。内面の美しさに劣らない容貌さ」
「まあ。嬉しいことを言ってくれるのね」
「事実を述べたまでだ。私は嘘がつけない性質でね」
実際はいくらでも嘘は言える。
むしろ得意分野と言えよう。
絶体絶命の危機をブラフで切り抜けたことだって何度もある。
ただ、ジェシカだけには誠実でありたかった。
それが良きパートナーの条件だからだ。
偽りの姿しか見せられないのなら、愛し合うことなんて不可能だろう。
私は手を打ち鳴らして微笑する。
「さあ、食事の時間だ。自由にオーダーしてくれ。私が完璧に提供しよう」
街道の脇に木製のテーブルと椅子を召喚する。
その上には料理が並べられていた。
私の分は鉄板皿で焼かれるステーキで、ジェシカはチーズバーガーとポテトとナゲットだ。
彼女はジャンクフードが好物だった。
異世界にはファーストフード店がないため、私が提供しなければ。
「これでよかったかな?」
「ダーリンったら最高! ちゃんとピクルスも大盛りにしてくれたのね」
「君の好みは忘れないさ」
我々はいつも通りのやり取りしながら椅子に座る。
それぞれ食事を進めつつ、今後に関する話し合いを開始した。
「ハネムーン中に何かしたいことはあるかな」
「私、ダーリンとお揃いの指輪が欲しいわ!」
「同感だ。是非とも作らないといけないね」
結婚と言えば指輪だろう。
そこだけは押さえておきたかったが、ジェシカも同じ考えだったらしい。
「指輪を作るなら挙式もしたいな。どこか良いロケーションはないだろうか」
「魔王の城なんてどうかしら。世界の果てに建っているそうよ。ちょっとロマンチックじゃない?」
「ほほう、面白い。そのまま城を乗っ取るのも一興だろう」
魔王とは異形の怪物を使役する存在だ。
人間と小競り合いを繰り返しながらも、世界征服を目論んでいるらしい。
何度か各国に侵略戦争を仕掛けて、現在は休眠状態だという。
人間の英雄達に刻まれた傷を癒しているそうだ。
復活する前にとどめを刺してやればいいと思うが、怪物の守護があるのでそれも難しいのだろう。
(……我々がそれを達成してしまうのは愉快ではないかな)
たった二人で魔王を退治できたら、ヒーローとして称賛されるのではないか。
実際はサイコキラーの夫婦だが、民衆はどのような反応を見せるのか。
なんとなく興味が湧いてしまった。
状況が許すのなら、魔王を撃滅してもいいかもしれない。
その後もハネムーンに関してジェシカと話し合った。
食事が終わったタイミングで話も切り上げる。
大まかなスケジュール候補が定まったのでいいだろう。
「ここからまたドライブね」
「ふうむ。そうとは限らないかな」
「どういうこと?」
「良い移動方法を思い付いたんだ」
そう言って私はオープンカーを消して、代わりに戦闘ヘリを召喚する。
黒い機体は、左右にミサイルと機銃を搭載していた。
側面には白いペンキで道化師のイラストが描かれている。
イラストを目にしたジェシカは小さな驚きを見せる。
「このヘリって、もしかして……!」
「覚えているかい」
「もちろん。チェス盤の時に使った機体でしょ?」
ジェシカの言葉に私は頷く。
何年か前、ある富豪の邸宅からコレクションを強奪したことがあった。
そのうちの一つが、黄金とプラチナで作られたチェス盤だった。
駒もそれぞれの金属だけで構成されており、実用性は皆無だった。
専ら観賞用だろう。
それを盗み出した際、脱出に使ったのがこの戦闘ヘリである。
富豪の私兵軍を蹴散らして、最終的に対空砲の直撃を食らって大破した。
ただし、標的であったチェス盤はしっかりと盗ませてもらった。
「こいつで空の旅と洒落込もうじゃないか」
陸路で走るのも悪くないが、ここは空路でショートカットしようと思う。
王都まで一気に向かうのだ。
きっと盛大な歓迎が待っているに違いない。
我々は招かれざる客だろうが、堂々ともてなしてもらう所存である。