第十章 それぞれの時間-14-
「俺には元々手癖が悪いようでな。盗みのセンスがあったんだ。いろんなもんを盗んできた。気付けば俺は、団の中で頭の右腕になっていた。無駄な殺しをしねぇっつても、やっぱ……手は汚してきた。親父が生かすために必死に引いてくれた手なのにな」
「だが、おまえは生きている。それでいい」
「ああ」
少し息を吐き、己の掌を見た。それから、エザフォスは続ける。
「俺が十六になった時だ。頭が傭兵になれと言ってきた。まあ、それは当時の俺にとっちゃ、クビを言い渡されたもんだな。俺は反発したよ。ここにいてぇってな。離れたくなかった……もう二度と、失いたくなかった」
掌を握る。
勝手だ。失いたくないと言いながら、他人のものを奪ってきた。奪われた者の気持ちをしているのに、台無しにしてきた。
それなのに、自分は生きている。今もまた笑える仲間がいる。共に過ごせる時間は短いかもしれないが、それでも奪った者達よりも、ずっと幸せだろう。
どうしてだろうか。なぜ、報いを受けないのだろうか。
それは、自分が自分自身ですべきことなのだろうか。
疑問と後悔と、罪の意識が、太い縄のようにエザフォスの心を締め付ける。
「何か、意味があるのだろうな」
「へ?」
ホロメスが、言う。
「おまえさんが生きていくことで、救われる者が確かにいる」
「いる、のか? そんな奴、……いねぇ……」
「俺もその一人だ」
「…………」
言葉が言葉にできなかった。喉の奥で詰まってしまったそれを、どうにか伝えたいのに、エザフォスの言葉は、結局声にならなかった。
「俺の息子は、幻獣に殺された」
「ッ……」
「傭兵だったんだ。生きていれば、おまえさんと同じ歳くらいだな」
言葉が、出ない。
「武器が好きな奴で、俺よりも詳しかった。話すのも得意で。母親譲りだった。帰ってきてくれたのかと思ったよ。おまえさんをはじめて見た時は」
見詰めている掌に、ぽつりと滴が落ちた。
「帰ってきてくれたのか、と……」
気付けば、背中を擦る手があった。
「なんもいらん。ただ、少しの間、ここで働いてくれりゃあいい」
エザフォスは、顔を覆った。
店内には、背中を擦る優しい音と、静かな嗚咽が響くだけだった。