第十章 それぞれの時間-4-
まさか、ここで教える立場になるとは思っていなかった。
ミーシャは緊張した面持ちで、サリアの南の街外れにある傭兵訓練所の前に立っていた。
街で唯一の煉瓦造りで、敷地も役所に負けず相当な広さだ。
『大丈夫か?』
「う、うん」
本当は大丈夫ではない。
今にも逃げ出しそうな足を叱咤して、ミーシャは一歩一歩踏み出し、訓練所へと入る。
「わあ、懐かしい」
と、言っても、ミーシャも一年前までここにいた。中の様相は、彼女がいた頃となんら変わりがなかった。
入ればすぐに武器訓練広場がある。敵に見立てた藁人形が、何体もそこに立っていた。
もう少し行けば、教員室だ。まずは、そこに挨拶へ行かなければならない。
不意に視線を感じ、振り向いた。
鋭い瞳とミーシャの目が合う。
そこにいたのは、十五、六歳の少年だった。
ミーシャを見た彼は、再び眉間に皺を寄せ、走り去っていった。
「あっ、……」
思わずそちらに腕を伸ばす。が、もちろん届かず、ミーシャの声も訓練所の回廊を走る足音に掻き消されたのだった。
仕方なくまた教員室へ向かう。
扉の前に立てば、いつも緊張していたことを思い出した。
「失礼します」
ノックし、中へ入る。
そこには――
「ミーシャ! おかえりなさい」
「ヴィクトル先生、お久しぶりです」
懐かしい講師の顔と抱擁に、ミーシャはホッとし、応えた。
「君が教えに来てくれると聞いた時、嬉しかったよ」
「あたしなんて、本当にまだまだ……だから、いいんですか?」
まだ不安の残るミーシャに、ヴィクトルは破顔した。
「何を言っているんだ? 君はここにいる時も優秀だった。きっと大丈夫だよ」
それから、訓練生達に紹介すると言われて、ヴィクトルの後に続いた。
訓練生は一クラス二十人で、三クラスある。男女の比率的には男が多く、成績順に振り分けられている。十六歳から入所可能で、上限は決まっていない。だが、訓練の厳しさや、体力的なこともあり、十代、二十代が多いのが現状だ。ミーシャのいた頃は、最年長で五十歳の男性がいた。紛争で家も家族も失い、傭兵になる決意をしたそうだ。最長三年はいられ、毎年の最終試験で合格できれば、晴れて傭兵となれる。ミーシャは一年で合格し、サリアを離れたのだった。
(なんかいろいろ思い出すなぁ)
ヴィクトルの後を歩きながら、ミーシャは想いに耽っていた。
遅くまで残って、剣術の訓練をしていた。勉強もここの方が捗るから、と教室や図書室でしていた。その後、帰ったら必ず宿屋の手伝い。それが、訓練所に通うためのアイマンとの約束だった。




