第九章 それぞれの仕事-5-
狭間の時――あの穴の中だ。
カズホの板世界に通ずるかもしれない、あの道はどうしてできてしまったのだろう。
『数多の時が、それぞれの場所にでき、平坦だった空間が元に戻ろうと捻じ曲がった。時と空間は常に平行している。だが、それが損なわれた時、あの穴が生まれてしまう。私達は、そこに落ちてしまうだけのだよ。そして、おまえもだ、カズホ』
落ちた時のことを何も憶えていない。
車に引かれそうになった――記憶はそこまでだ。
「……俺は、元の世界に戻れるのか?」
『戻れるさ。おまえがその気なら』
しなやかな腕が動く。それと同時に、辺りが一穂のいた世界となった。
『どこの世界も、隣り合わせにできている。少しこうしてやると』
再び、ルベルが腕を振る。
と、そこは荒野の国エリミヤとなった。
カズホは、だが驚かなかった。
これは、夢だ。
「あの穴で帰ればいいのか?」
『確かに、おまえの来た道は、あの中にある。だが、どれもそうではないとも言える』
「どっちなんだよ⁉」
堪らず、カズホは叫んだ。
ルベルは動じない。
『どっちでもない、ということだよ、カズホ。そなたの通ってきた道は、常にどこかに出現し、消えている。そして、その中は無限とも言える世界と通じ合っている。人の意思、いや、私達の意思ではどうにもできない力が働いているのだ』
「それは、神の?」
『神と呼ぶならば、それなのだろう。だが、誰も分からないことなのだ。誰にも知りえないことなのだろうさ』
ルベルが優しい眼をした。
彼女はいつだって、本当のことを言う時はこの眼をする。
「俺が帰るためには、その無限の中の一つを偶然にも引き当てないといけないってわけか」
『おまえは、偶然を引き当て、ここへ来た』
「それは、俺の意思じゃない」
偶然が重なり、身体も心もバラバラにならず、エリミヤに落ちた。
それは奇跡だったのかもしれない。
おかげで、仲間に出会えた。大切なことができた。
「俺は、もう……帰れないんだな。俺の意思では」
どうにもできない力の前に、打ちひしがれる。
『だが、帰りたいのだろう?』
「ああ、帰りたい」
『想いは捨てぬことだ』
赤い炎が立ち昇る。
景色が目まぐるしく変わった。
これは、夢。
ルベルの言葉も、消える。
だが、想いは消さないように、ずっと手繰り寄せた。
と、ルベルが思い出したようにカズホを見る。
『あっ、そうそう。あの阿呆獅子に……アベレスに、食べられることを伝えておいてくれよ。あいつは、阿呆だが、意外と周りに気を遣う奴なんでな』
「最後にそれか⁉」
ルベルが『忘れるなよ』と言い、完全に消えた。
「さっき忘れるって……ッ――⁉」
光が辺りを包む。
夢が、終わる――




