第九章 それぞれの仕事-4-
「なっ……可笑しなこと言ったか?」
『っ、ふふっ、……心配するな。これは夢。朝にでも忘れるさ』
「あ、忘れ、るのか……」
それはそれで勿体ない気もした。
ルベルはまだ少し笑いながら、納得したような顔をした。
『そうだな、人間には性別がある。私達にもあるが、それはただの振り分けだ』
「振り分け?」
『人間だけではない。世界で生きていくほぼすべての者は、次の世代を産み出さなければならない。性別はそのための進化だ。人間は心というものがあるから、少々他の生命と違った面もあるようだがな。私達には、そういった感情や営みは関係ない。気の合う奴は確かに存在するが、性別はあってないようなものさ』
では、彼女達は、どうやって生まれてくるのだ。
「じゃあ、幻獣は……幻獣って、なんなんだ?」
『では、逆に訊こう。人間とは、なんだ?』
「えっ? 人間、とは……?」
答えに詰まるカズホを、ルベルはただ見守り、そして言う。
『そういった類のことさ。説明しようにも、私達には私達の時があるのみ。偶々、人間と交わり、時に共存できる。ただそれだけなのだよ。波長が合った、というな。強いて言うなら、おまえ達が私達に付けた名が、すでに答えだ』
「え……?」
ルベルが掌を天へと向けると、指先が炎へと変じていく。まるで幻のように、ゆらゆらと炎は燃えた。
『そう、幻の獣。私達に本来実体はなく、世界に降り立ったのみ存在する。だが、それでも不安定だ。宿主のいる私達は、完全なる実体化も透明化もできるのだがな』
「えっ? 実体化できるってことは、食べ物とか食べられるってこと?」
カズホの驚きに、ルベルは思い当たることがあり、『ああ』と言った。
『ずっと透明化していたら、人間達には害のない存在だろう。目の敵にされるのは、私達がただ飛んで、そこに降り立つだけで、被害が出るからな。害を成せるなら、食すことなど容易』
「あいつ、知らないのかな?」
『阿呆だからな』
カズホの思い浮かべた陽気な獅子の幻獣を、ルベルはぴしゃりと切った。
『私もすべての者を把握しているわけではないが、実際、人間の味を好む者もいるくらいだよ』
「げっ……人間を?」
人間とは、やはり本来ならば相容れない存在。
この国の者達には、脅威と畏怖の象徴と言っても過言ではない。いや、きっと科学が発達した一穂の世界に現れたとしても、恐ろしい存在には違いない。
幻獣は、人間の世界に本当ならばいない、いてはいけない者達なのだ。
『狭間の時が、私達の住む世界』