第八章 西に出者-5-
「……こんな時なのに、なんだか変なの。嬉しい、っていうか」
ぽつり、とミーシャが言った。
タクシィはそれを静かに聞いていた。
「なんで、今までこんな風にできなかったの?」
『おまえが、嫌がると思った。我を許さないと言ったからな』
ミーシャは思い出した。
タクシィ・アエトスをその身に宿した日のことを――
母だと思っていた人を奪った存在だ。多くの犠牲を出したあの夜。それはすべて、タクシィが引き起こしたことだ。
『我に後悔はない。が、おまえの心は、己を許せないだろう。我と話すことで、それが膨らむのではないかと懸念したのだ』
下で爆発が起こる。爆風がタクシィの体躯に当たるが、彼は揺れることなどなかった。
エザフォスとアベレス同時に土の棘を生み出し、アブリストスの足を狙う。今度は完全に地に伏せさせるつもりだ。
が、やはり雷の球体がそれを阻んだ
「あいつは一体なんなの? 無属性があるって聞いたことはあるけど、あいつがそうなの?」
『本来、我々に属性など関係ない。それは、人間がつけた記号のようなもの。が、あいつはさらにこの世界から逸脱した存在となった。そうだな、カズホという男の住む世界に近い次元を通ったのだろう』
「えっ⁉」
『雷に似たエネルギーをその時に吸収したのだ。どんな風に呑み込んだのかは、さすがに分からないが、その名の通り貪欲な』
アブリストスは、天を仰いだ。
苦しそうに再び咢を開く。青い炎のようなものが、アブリトスの喉の奥で燻っていた。
『⁉ これはまずい! 掴まれ、ミーシャ!』
「えっ、……きゃあ!」
青い光線が、アブリストスの口から天へと真っ直ぐに伸びた。
急旋回したアクシィに振り落とされないように、ミーシャはしっかりと捕まり直した。
「ほんと、……なんなの? あんな炎、見たことないよ」
『これは……こいつをここで滅したら大変なことになるぞ』
「どういう意味?」
『見えない毒で、この国がまさに荒野と化す。アベレス! あいつを穴へ押し戻すのだ!』
アベレスが、上を見上げた。
『はっ⁉ こいつは気に食わん! ここでブッ倒して……!』
『それは宿主から解放された時にしろ! こいつは以前のアブリストスではない。何かを呑み込んでいるようだ! それがここで解き放たれれば、我らだけでない。この国すべてが危険に晒される!』
エザフォスも血相を変えた。
「おいおい、いきなり世界を背負っちまうのか⁉ どうすりゃいいんだよ⁉」
『おまえ達は下から、我とミーシャは上から、アブリストスを穴へ押し戻す。それしか方法はない!』
『命令されるのは嫌いだが、仕方あるまい! エザフォス、やってやるか!』
「全く、傭兵に戻ってきたら初っ端おまえで、次は得体の知れないドラゴンさんとは、俺の今後の傭兵生活が危ぶまれるぜ!」
憎まれ口を叩きながらも、エザフォスは地を揺らす。
『腹は狙うな! 奴の両翼と足を狙い、後退させろ!』
「言ってねぇで、おまえさんもしっかりミーシャを守ってくれよ! 俺の援護で怪我なんかさせたら、後でカズホに怒られんだろうが!」
「そっ、そんなことでカズホは怒んないわよ!」
『分かっている。必ずミーシャは守る。おまえだけは、我が必ず』
「……タクシィ?」