第八章 西に出者-3-
『ありゃあ……嫌な奴がおいでなすったな』
天はまだまだ茜色が残っていた。だが、時間の経過などお構いなしに、それはここに現れた。
「ねぇ、あれ何⁉」
巨大な翼が、土煙を吹き飛ばしてはまた立てた。
姿はルベル・インバニアによく似ているが、巨体は金色で、気配がおどろおどろしい。
『あれは、アブリストス・ブスィヒだ。俺様達の間でも評判の悪い奴だぜ。他の者の気を吸って、力を増す野郎さ』
「なんでそんなのがここにくんのよ⁉」
『それは知らん。俺様だって、散策していたら、偶々狭間の穴に吸い込まれ、ここに出たというだけだからな。あいつもそうだったのではないか』
「狭間の、穴?」
カズホは、元の世界を思った。
もしかすると、あの金色のドラゴンが出現した穴に入れば、帰れるのかもしれない、と。
が、それをアベレスは否定する。
『カズホ、やめておけよ。あれはどこへ繋がるか分からないものだ。俺様でさえ知らない力に属す。人間が入れば、それこそどうなるか……』
その間に、アブリストスは一歩一歩前に歩き始めていた。
まるで、この世界を値踏みしているようだった。
「あいつに帰れって言えないの?」
『だから、話は互いに求めなければできぬ。あいつは元から他の存在と話すような性格ではないからな』
「なら、戦うしかないか!」
エザフォスが立ち上がり、打ち直したばかりの斧を振り上げた。
「カズホ! ミーシャ! おまえ達はあの穴がどういったもんなのか見るだけ見てこい! その間、俺とアベレスがあぶなんとかを足止めする!」
『アブリストスな』
アベレスがエザフォスの前に凛と立つ。さっきまでのおどけた雰囲気が、そこには全くなかった。
『まあ、どちらが上かをはっきりしてやりたかったからな。丁度良い』
アベレスが唸る。
エザフォスの瞳が、黄色に光った。魔法使いの力が発動した合図だ。
「頼んだわよ、エザフォス、アベレス!」
「おうよ!」
「ミーシャ、行くぞ!」
「うん!」
カズホは、ミーシャと共に駆け出した。大回りして、アブリストス・ブスィヒと距離を取る。
辺りはまだジリジリと電流が駆け巡っている。
「あれは、何属性になるんだ? 電気なんてないよな?」
「無属性かもしれない」
「そんなのもあるのか?」
「時々ね。他者の気を吸うってさっきアベレスが言ってた。吸ったものの属性になれるかも」
同じ属性になるのなら、攻撃が効かないということはない。が、効果的な攻撃はできないため、その分時間はかかる。
「雷を纏っている奴なんて、はじめて見た」
ミーシャは若干アブリストスに興味が湧いているようだった。
「風にも近いのかしら? 痣が疼てる」
自分と同じ属性だと、共鳴することもあるらしい。
『違う。気に食わないだけだ』
「へ?」
ミーシャがカズホの後ろで立ち止まる。
「ミーシャ、どうした?」
岩陰に隠れながら、カズホは振り向く。
ミーシャは、辺りを見回していた。
「ミーシャ、はやくこっちへ」
「あっ、うん……きゃっ!」
傍で爆風が起きる。
アベレスとアブリストスの力がぶつかった余波だった。
カズホは慌ててミーシャの傍に駆け寄り、彼女を守るようにしながら腕を引いた。
「あ、ありがと、カズホ」
「どうしたんだ? こんな時にぼぉっとするなんて」
再び爆音が轟く。
カズホは顔の前に腕を翳した。
「二人が抑えてくれてる間に、行こう」
「このままじゃ危ない」
「え?」
ミーシャが呟いた。
「行って。あたしはここで二人の援護をする」
「……分かった。気を付けろよ」
「うん」
ミーシャの頬に少し触れ、カズホはまだ塞がり切れていない穴へと向かった。