第六章 土獅子-3-
『何故、力が欲しい?』
それが、獅子からだと気付くのに、男は時間がかかった。
「……まさか、おまえがしゃべってんのか?」
『他に何がいる?』
獅子はすっかり敵意を収め、欠伸までしていた。
さっきまで暴れ、人の命を奪っていた幻獣とは思えないほどの変わりようだ。
緊張感が緩んだ男は、もう一度辺りを見回した。
「いねぇ、な」
『そうだろう? では、貴様に話してやっているのは、俺様だけということだ』
なんとも上から目線の獅子に、男はムッとした。が、後ろ足で頭を掻いている大きな猫に、また毒気を抜かれた気がした。
それに、先ほどの獅子の言葉に興味が湧いた。
「力が欲しいか、とか抜かしやがったな? ほしいさ。俺はカズホとミーシャっていう二人組の傭兵に、命を救われた。仲間も助けてもらった。だから、そいつらに恩を返してぇ。助けてやりてぇんだよ!」
散々人の物だけでなく、命を奪ってきた。男は盗賊団の頭だった。
それが、自分の人生で、何も良いことなどないと高を括ってきた。奪えば奪うだけ自分と仲間だけは生き延びられると、男は思っていた。
いつか身を滅ぼすとも覚悟をしているつもりだった。
だが、いざ死を目の前にし、男は恐怖した。後悔も、懺悔も、命乞いも、できる限りのことをその時はしてしまった。死んでいく仲間を家族と思っていたにも関わらず、助けもできず、自分の命だけが大切に思えてしまった。
男は自分の非力さが許せなかった。弱さが惨めだった。
もうあんな想いはしたくなかった。
そして、何よりも、こんな自分を助ける者がいたことに、感謝した。
少しの間だけでいい。あの若僧と少女を助けたいと願った。
男はもう一度言う。
「力が欲しい。どうすりゃいい? 死ぬ以外なら、何でもする!」
闇に生きていた男の純粋で真剣な瞳に、獅子は堪らず笑った。何もかもを吹き飛ばすような豪快な笑いだった。
『面白い! 面白いぞ、貴様!』
地を転がりそうな勢いで笑う獅子に、男は唖然としていた。