第十二章 新たな一歩-14-
「アリキさん、ごめん」
期待を持たせたくはなかった。
カズホのキッパリしたそれに、アリキはまた目を伏せた。
「……そう、ですか。でも、ううん、これでよかった。ハッキリ言ってもらわないと、きっと……」
顔を上げたアリキは、無理に笑っていた。
「あなたが好きでした。ありがとう、カズホさん」
アリキはそう言って、踵を返した。
遠ざかる彼女の背に、カズホはかける言葉を失っていた。
日が暮れる。
これでよかったのだろうか。カズホは一人佇んでいた。
きっと今答えはない。でも、この選択が今必要だった。
『カズホさん、後悔してるんですか?』
ラオ・タオがいることをすっかり忘れていた。おしゃべりな幻獣だが、仕事中は意外と静かにしていた。
が、今はカズホの心を覗いている。
『人には、相手に対して好感という感情があるのですね。でも、それには種類がある、なるほど。カズホさんは、あの人に対して、好感の種類が間違っていないか心配なのですね?』
ラオ・タオの問いに、カズホは肩の力を抜いた。
「間違っていないよ。うん、これが一番よかった」
暗がりが街を支配し始める。
ラオ・タオ言う。
『ならば、いいではないですか。あの人がカズホさんにどんな感情を抱いていようとも、あなたが変わらなければいいのですから』
そして、お喋り幻獣は人目がなくなったことをいいことに、『いやぁ、役所という所は面白いですねぇ』と語り始めたのだった。
いつも心にあなたがいる。
忘れられればいいのに。
だって、あなたの目は私を見ていない。
忘れる。でも、できるの?
だって、こんなにも好きなのに…………
感情が、消えない。
「どうすればいいの……?」
家の近くの広場で、アリキは無意識に呟いていた。
答えはない。いや、きっとあれでよかったのだ。
でも、心がそれを拒んでいる。
それだけ、好きだった。例え、彼に好かれていなくとも、迷惑でも、彼と一緒に仕事ができる時間が愛おしくてたまらなかった。
「なんで……なんでわたしじゃないの?」
問いは、夜になりかけた紫の闇へと消えていく。
塩辛い滴が、口の中へと溶けた。
「わたしだけを見てほしい。あの人に、わたしだけを」
瞬間、肌にざわりと何かが這った感覚した。
「ッ……な、なに?」
辺りは夜に沈みかけていた。
「やだ……もう夜」
気づけばずっと広場に佇んでいた。アリキは慌てて家へ向かった。
が、暗がりがまるで家路を邪魔するように、アリキの視界を遮った。
「えっ……? いつもの道なのに……」
視界が揺らぐ。これは、涙のせいかのか、それとも。
「こわい……カズホさん……」
わたしを助けて。
アリキはついにそこで蹲ってしまった。
それは、待っていたかのように――
「え?」
アリキの前に紫の影となって表れたのだった。
 




