第十二章 新たな一歩-12-
最後の仕事も、普段通り店前の商品を下げて終わった。
「オヤッさん、ここに置いておくぜ」
が、返事はなかった。
いつもだったら、足を引き摺りながらもエザフォスの前に姿を現すのに、今日は昼過ぎから奥に引っ込んで以来店に出てこない。
(ったく、本当にどうかしてるぜ、ここのオヤジは)
信頼というものは恐ろしいとエザフォスは思う。
自分の手癖の悪さは、そう簡単に直るものではない。この武器屋スミスで働き出してから、何度盗みの誘惑に負けそうになったか知れない。それほど良い品がここにはある。
それでも、どうにか負けずにいられたのは、ホロメスの信頼がまっすぐにエザフォスへと向いていたからだ。
ホロメスだけではない。カズホとミーシャ、そしてアベレスやタクシィ、ルベル、今ではラオ・タオも、エザフォス自身が信頼している存在だ。絶対に失いたくない仲間だった。
まるで鎖のようでもあったが、それが心地良くもあった。
しかし、それもホロメスとは今日までだ。
明日からは、関わってもただの客――
「エザフォス」
まだ若干足を引き摺っているホロメスが、奥から漸く顔を見せた。
手には革製の鞘に収まった短剣を持っていた。
「持っていけ」
差し出されたそれを、エザフォスはゆっくりと受け取った。
短剣は思っていた以上に重たかった。
「倅にも渡した短剣だ」
「オヤッさんが?」
「ああ」
しばらく奥に引っ込むことが多かったのは、これを打っていたからだろう。
「いらんなら置いていくか、誰かに売ればいい」
「いるに、決まってんだろ」
エザフォスは、それを大事に腰へと携えた。
短剣が重かったのは、ホロメスの不器用な優しさが詰まっているからだとエザフォスは気付いた。
だが、その重みは決して嫌なものではなく、寧ろとても温かかった。
「一人で、大丈夫か?」
「歩けるまでになった。もう心配ない」
エザフォスの問いに、ホロメスは仄かに笑った。
「わしのことはいい。自分と仲間のことを心配しろ。おまえは案外情に負けてしまうからな」
エザフォスはその言葉に俯いた。
目頭が、熱くなってしまう。
ここに来る時もそうだったが、自分の弱さに向き合わされる気分だった。が、それを察し、理解し、受け止めてくれる者達がいつの間にかまたできていた。
それが、どうにも苦しい。孤独でいる方が楽だと思う時がある。失う恐怖がまた付き纏う。
が、エザフォスのそれらをホロメスはそっと受け止めていた。
「何かあれば、ここに来い、エザフォス」
優しく、無骨な手が、再びエザフォスを支えた。
なぜ、出会ってしまったのだろうか。こんなに優しい手に――
エザフォスは、無言で小さく頷いた。まるで幼い子どものように、ただ頷いた。
きっと、これから先も、ここでは自分の過去を慰められるのだろうと、エザフォスは感謝したのだった。




