第十二章 新たな一歩-11-
人は急に変われない。
ディノスは、訓練の間、やはり誰とも話さなかった。他の訓練生達も、彼とは距離を置いている。それがいじめではないことだけは、ミーシャにも分かった。
恐らく、ディノスの心の傷に触らないよう、彼らなりの気遣いでもあるのだろう。
傍若無人に見える訓練生達の振る舞いも、実は互いを思いやってのこと。
ミーシャはこの一週間だけでも少しずつだが、不器用で素直ではない優しさを感じていた。
最後の歴史の講義が終わる。
「みんな、一週間お疲れ様」
一週間前は、訓練が終わればかなりへばっていた少年達だったが、今はそれほどもないようだ。
厳しい訓練にも、彼らは必死に慣れ、食らいついてきた。きっと体力と精神力は、元々高いのだろうとミーシャは思う。
子どもの頃から、生きるか死ぬかの世界で生き抜いているつわもの達なのだから――
そんな彼らは、いつもは終われば、「やっと終わったぁ」と五月蝿いくらいだが、今日は違った。
「まだやれるけど?」
「今日こそミーシャ先生に勝てる気がすんだけどなぁ」
ヨルゴスとアルキポスが力なく言った。
「ゆっくり休める時は休む。それも傭兵の仕事よ」
くすりと笑ったミーシャに、少年達はそれでもどこか寂しそうな表情だった。
「なぁに? あたしがここに来た時、あんなに嫌がってたのにさ」
「嫌だったよ、本当に」
言ったのは、ヨルゴスでもアルキポスでもなかった。
みんな視線が、後ろへと向く。
ディノスが、睨むようにミーシャを見ていた。その目には、赤い火が宿っているようだった。
「連帯責任だってやりたくないことやらされて、優秀かと思えば変にドジだし」
これには、他の少年達が笑った。
「ちょっ、ドジって何よ⁉」
「ドジじゃん。火事起こしそうになるしさ」
「薬草も実は苦手だし」
「もう~やめてよ。あたしだって、まだ勉強中なんだから」
ミーシャの恥ずかしそうな顔に、少年達はまた笑う。ディノスだけは、表情を硬くした。
「ほんと、放っておいてほしいのに、ずかずか踏み込んでくるし……!」
不器用な優しさが、ディノスの周りを包んでいた。
「もっと、……教えてほしいことがあるのに」
ディノスが、掌を開く。
と、そこに小さな赤い光が生まれた。
が、他の少年達は驚かなかった。やはり知っていたのだ。
「ディノス、あなたの幻獣が照らしているのは、何?」
「え?」
ディノスが顔を上げる。そこには、穏やかに笑う仲間がいた。
「あなた達は、すでに大切なことを知っている。あたしは、ここにいる時それを知ることはできなかった。今も、同期の顔すら憶えてないの。自分のことしか見えてなかった。でも、あなた達は違うわ。それに、あたしもいる。何かあったら、いつでも相談に乗るわ。どこにいても、必ずね」
ミーシャが言えば、このクラスの少年達は、大きく頷いた。
さよならではなく、ミーシャは「またね」と言い、訓練所を後にしたのだった。




