第十二章 新たな一歩-10-
カズホは縮こまって、アイマンのお手製パンを齧っていた。
前の席には怒っているミーシャがいる。
「もう! 本当に心配したんだから!」
「ごめんってば」
あの後、どうやらカズホは倒れてしまったらしく、目が覚めたら、ベッドの上にいた。
ベッドの脇ではミーシャが突っ伏して寝ていて、エザフォスが机に肘をついた格好で眠っていた。
それからずっとミーシャはこんな感じだった。
『しかし、ルベルが入れ替えで、ラオ・タオを置いていくとはな』
猫型になったアベレスが言った。それに対して、カズホの肩の上にいる小猿型に変身したラオ・タオが歓喜する。
『嬉しいです! こうしてまたアベレスさんとおしゃべりができるなんて思いませんでしたし、それに加えて、こんなに良い宿主さんが見つかるなんて! ルベルさんに感謝です!』
「良いかどうか分かんないけど……てか、今回痛みはなかったんだけど、いいのか?」
苦笑しながらも、カズホは首を傾げる。
ルベルの時は、体に激痛が走った。が、今、ラオ・タオはカズホを宿主と認識しているようだ。
「寝ている間に、痛みが終わっちまったんじゃねぇか? それならそれでいいじゃねぇか。あれは二度と味わいたくねぇな」
大欠伸をしながら、エザフォスが応えた。
『ルベルが痛みを請け負ったのかもしれぬ』
「え……?」
「そんなこともできるの?」
肩の上で言う小鳥姿のタクシィに、ミーシャが訊いた。
『我々を二体以上その身に宿すことは、人間にとってかなりの負担だ。そういった時は、最初に宿った者が、痛みを引き受けることがある。おまえの父親も、我分はハオスが引き受けたのだ』
「そうだったんだ……」
父親という言葉を聞き、ミーシャの顔が少し曇った。
彼女のその表情から、父親に会いたいのだろうと、カズホも察した。
「ミーシャ、あのさ……」
「あっ、そうだ! あたし、今日は最後だから、はやく行って準備しなきゃいけないんだった! 先に出るね!」
「あ、ああ」
慌ただしく席を立ったミーシャは、そのまま部屋を出て行った。
カズホのもどかしい気持ちだけが取り残される。
エザフォスも、大きく息を吐き、立ち上がった。
「俺も今日は先に行くぜ」
「えっ? エザフォスも?」
「最後くれぇ、少し長く一緒にいてやりてぇからな」
そう言い、部屋を出ていきかけたエザフォスが、振り返る。
「なぁ? カズホ。おまえは、ミーシャのことをどう思ってるんだ?」
「……は?」
突然の問いに、カズホは唖然とする。が、エザフォスは真剣そのものだった。
「いや、たまたまな、見ちまったんだ。おまえが、役所のアリキって女と良い感じのとこをさ」
「ッ……⁉」
カズホの顔が一気に熱を帯びた。
「あ、あれは、違っ……あの、アリキさんは、ただの同僚で……その……!」
出てくる言葉はしろどろもどろになる。
(俺、何言い訳みたいに……?)
エザフォスが少し息を吐いた。
「ま、どんな女と付き合おうと、もちろんおまえの勝手だが、おまえのその優しさが仇になる時もあるってことを忘れんなよ」
「え?」
エザフォスはそれだけ言い、「いってくらぁ」と部屋を後にした。
残されたカズホは、さっきまでミーシャのいた席を見詰める。
(どう思ってる、か)
カズホの横顔を、肩の上のラオ・タオが見ていたが、何も言わなかった。
「さて、俺も行くかな」
沈黙を破ったのはカズホだった。
何かを打ち破るような、そんな声音でもあったのだった。




