第十二章 新たな一歩-9-
『カズホ』
背後から静かな女性の声がした。
カズホが振り返れば、そこには美しい女性の姿をしたルベルが立っていた。が、それはカズホにだけ見えるようだった。周りは白く、赤い衣を纏うルベルは際立っている。
『私はしばらくおまえから離れる』
「え……?」
『心配するな。別に解放しろと言っているわけではないから、そんな顔をするな』
ルベルが苦笑し、まさかその細く整った指をカズホの頬に寄せたかと思えば、掌までそっと触れた。
『おまえとの旅がこれほどまで面白いものになるとは思わなかった』
温もりはないはずなのに、彼女の掌からは仄かな熱を感じた。
『だが、このままではいけない。おまえは、やはり帰らなければ』
「ルベル、でもどうすれば……」
彼女の手に自分のそれを重ねたい衝動を抑えながら、カズホは応えた。
ルベルの赤い瞳の奥に、寂しそうな自分がいた。
『狭間におまえが残した何かがまだあるかもしれない。もしかすると、この世界に堕ちていくおまえを見た者もいるかもしれないな。それを辿れば、帰れる道が見つかるかもしれん。すべては可能性だが、私はそれを見つけるために、しばらく狭間に戻ってみる』
「そんなことができるのか?」
『できるさ。おまえがそう望むのならばな。離れていても、私の心は常にここにある。それを互いに信じれば』
そこまで言って、ルベルは自嘲気味に笑った。
『私がこんなことを言う日が来るとは』
「……信じて、くれるか? 俺のこと」
『なんだ? もう浮気する気満々なのか?』
「そっ、そんなことない!」
思わず、頬に寄せられたルベルの手をカズホは掴んだ。
「俺のために、ごめん」
『言っただろう? おまえとの旅が面白いと。受けた恩は返す主義でな』
「俺の方が、ルベルに返さないといけない恩がいっぱいある」
微かな熱を逃がさないように、カズホはルベルの手を握る。
互いにただ重ねるだけのそれだが、確かに心は繋がっていると信じられる。
「気を付けてな、ルベル」
『私を誰だと思っている? タクシィ曰く、女王だ。ちょっとやそっとのことではやられんよ』
ルベルの艶やかな指が、カズホの手に一瞬だけ絡まって、離れていく。
『何か分かれば、すぐに戻ってくる』
カズホは口を開こうとした。が、声が出なかった。
『私が留守の間、あのお喋り猿をおまえのお目付役にしておくとしよう』
「ッ……⁉」
『心配いらん。少々お喋りが過ぎるが、悪い奴ではなさそうだ。それに、ああ見えて、かなりの力を持つ者だろう。それはアベレスの態度が証明している。アベレスは、信用できる奴だからな』
何も言い返せないのが歯痒い。カズホは手を伸ばす。
が、それは白い霧のような空間を掴むだけだった。
『カズホ、生き残れよ』
ルベルが遠ざかる。
嫌だ、と言いたいのに、言葉が出ない。
どんどんと視界が薄れ、そして――




