第十一章 大切な想い
カズホは、役所の三階で、数人の役人相手に、昨夜書いた資料を見せていた。
「まずは、相手の話をよく聞くこと。受付に来る彼らの要望は、どうにかしてほしいというものが多いです。でも、どうにもならなかったから、怒ってらっしゃる。まずは聞いてあげれば、その怒りは少し治まります」
プレゼンををしている時の気分だった。
みんな真剣に聞き入り、メモを取る者までいた。役所勤めだから、貴重な紙も多く手に入るのだろう。
日に何度かこうして接客マナーを教えるようになり、カズホは役所内でも有名になった。
が、正直慣れない。
「先生! カズホ先生!」
「ちょっ……アリキさん、やめてください。先生なんて」
「だって、先生は先生です」
最初に受付を代わった女性職員のアリキは、完全にカズホのことを先生扱いだった。
「お昼、召し上がりましたか?」
「いや、これから」
恥ずかしそうに言うアリキに、自分がまだ食べてないことをカズホが応えれば、彼女は嬉しそうに笑った。
「なら、一緒に食べませんか?」
(か、可愛い……)
不覚にもキュンとして、カズホは慌てて顔を反らした。
カズホの様子に、今度は不安そうな顔を見せる。
「駄目、ですか?」
「あっ、いや……うん、よかったら」
「ありがとうございます!」
心底嬉しそうな顔をするアリキに、カズホは目を離せなかった。
役所の三階に、開いた一室があり、そこで各々休憩を取っていた。
カズホが何か買いに出ようかと思っていたら、アリキがまた恥ずかしそうにパンの籠を差し出してきた。
「よ、よかったら、これ……」
「あっ、ありがとう。手作り?」
「は、はい」
「美味しい! すごいね! 作れるんだ!」
アイマンのパンと、また少し香りが違い、これはまたこれで美味しかった。
「あ、ありがとう、ございます」
はにかむアリキは、意を決したように言う。
「あ、あの! カズホ先生って、好きな方はいっしゃるんですか?」
「ッ……げほっ……ごほっ」
「だ、大丈夫ですか⁉ ごめんなさい、驚かせてしまって」
思わぬ質問に、カズホはパンを喉に詰まらせる。アリキが慌てて水を飲ませてくれた。
「ッ……だ、大丈夫、ごめん、こっちこそ……え? あ……」
水を飲ませるために、アリキはカズホの手を握っていた。
「いるん、ですか?」
なんだかくらくらとする。
どう答えようかと迷っていると、アリキが先に言う。
「わたし、好き、なんです……カズホ先生のこと」
数多の中が真っ白になった。
こんなに可愛い女性が、自分を好きだと言ってくれている。
夢なのか、と。
が、それがすぐに消え、浮かんできたのは――
(やっぱ、……思い浮かぶのは……)
「アリキさん、俺……」
「あっ、答えは、まだ……最後の日でいいです。その間に心変わりなんて、カズホ先生はしないでしょうけど。少しの間だけ、夢を見させてください」
そう言って、アリキは立ち上がった。
「そろそろ休憩が終わりますね。行きましょう」
無理に笑うその顔に、カズホの胸は締め付けられる。
どうして応えられないのだろう。
でも、それに嘘を吐くことは、絶対にできない。
「ああ、行こうか」
カズホは、どうにか微笑んで、アリキと職場へと戻った。




