表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
110/149

第十一章 大切な想い

 カズホは、役所の三階で、数人の役人相手に、昨夜書いた資料を見せていた。

「まずは、相手の話をよく聞くこと。受付に来る彼らの要望は、どうにかしてほしいというものが多いです。でも、どうにもならなかったから、怒ってらっしゃる。まずは聞いてあげれば、その怒りは少し治まります」

 プレゼンををしている時の気分だった。

 みんな真剣に聞き入り、メモを取る者までいた。役所勤めだから、貴重な紙も多く手に入るのだろう。

 日に何度かこうして接客マナーを教えるようになり、カズホは役所内でも有名になった。

 が、正直慣れない。

「先生! カズホ先生!」

「ちょっ……アリキさん、やめてください。先生なんて」

「だって、先生は先生です」

 最初に受付を代わった女性職員のアリキは、完全にカズホのことを先生扱いだった。

「お昼、召し上がりましたか?」

「いや、これから」

 恥ずかしそうに言うアリキに、自分がまだ食べてないことをカズホが応えれば、彼女は嬉しそうに笑った。

「なら、一緒に食べませんか?」

(か、可愛い……)

 不覚にもキュンとして、カズホは慌てて顔を反らした。

 カズホの様子に、今度は不安そうな顔を見せる。

「駄目、ですか?」

「あっ、いや……うん、よかったら」

「ありがとうございます!」

 心底嬉しそうな顔をするアリキに、カズホは目を離せなかった。

 役所の三階に、開いた一室があり、そこで各々休憩を取っていた。

 カズホが何か買いに出ようかと思っていたら、アリキがまた恥ずかしそうにパンの籠を差し出してきた。

「よ、よかったら、これ……」

「あっ、ありがとう。手作り?」

「は、はい」

「美味しい! すごいね! 作れるんだ!」

 アイマンのパンと、また少し香りが違い、これはまたこれで美味しかった。

「あ、ありがとう、ございます」

 はにかむアリキは、意を決したように言う。

「あ、あの! カズホ先生って、好きな方はいっしゃるんですか?」

「ッ……げほっ……ごほっ」

「だ、大丈夫ですか⁉ ごめんなさい、驚かせてしまって」

 思わぬ質問に、カズホはパンを喉に詰まらせる。アリキが慌てて水を飲ませてくれた。

「ッ……だ、大丈夫、ごめん、こっちこそ……え? あ……」

 水を飲ませるために、アリキはカズホの手を握っていた。

「いるん、ですか?」

 なんだかくらくらとする。

 どう答えようかと迷っていると、アリキが先に言う。

「わたし、好き、なんです……カズホ先生のこと」

 数多の中が真っ白になった。

 こんなに可愛い女性が、自分を好きだと言ってくれている。

 夢なのか、と。

 が、それがすぐに消え、浮かんできたのは――

(やっぱ、……思い浮かぶのは……)

「アリキさん、俺……」

「あっ、答えは、まだ……最後の日でいいです。その間に心変わりなんて、カズホ先生はしないでしょうけど。少しの間だけ、夢を見させてください」

 そう言って、アリキは立ち上がった。

「そろそろ休憩が終わりますね。行きましょう」

 無理に笑うその顔に、カズホの胸は締め付けられる。

 どうして応えられないのだろう。

 でも、それに嘘を吐くことは、絶対にできない。

「ああ、行こうか」

 カズホは、どうにか微笑んで、アリキと職場へと戻った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ