第十章 それぞれの時間-20-
アイオーニオンは、体を揺する。が、それは大きな山がただ微かに動いただけのように見えた。
『こやつらが……儂の、儂の邪魔を……永遠を、望んだだけなのに……』
ザフィリは、小さく「哀れな」と呟いた。
「僕は、ほしいものに支配されたのしない。あなたのようにね」
必ず屈服させる。心を無にしてまで――
ザフィリが、大蛇エフィアルティスを従える。
「さあ、あなたには消えてもらおう。そのような惨めな賢者を、これ以上見たくはありません」
『重い……重いぃ……』
数多の顔が、ザフィリに向かって伸び始める。
「結局は、そういった姿になるのですね……気持ち悪い」
優雅な顔から、冷酷な蒼の傭兵に変わったザフィリは、水の刃で、顔を一つひとつ潰していく。
その度に、ざわざわ、という音だったものが、『痛い……』『苦しい』と声となって、ザフィリに聞こえてきた。
「嫌がらせのようですね」
(これをカズホにやらせなくよかった)
不意に、そう思い、ザフィリは自分自身が滑稽に思えた。
(惚れるのはいいけど、溺れたくないものです)
幾重にも重なり、向かってくる顔を、また潰す。
『苦しい……苦しい』
『ほしい、命がほしい』
叫び声は、大きくなっていく。
が、それに動じるほど、ザフィリは優しくなかった。
「こう数が多いと面倒だ。やはり、頭を切り落としましょうかね」
今までよりもさらに軽く、そして高く跳躍したザフィリは、手に大きな鎌を出現させる。
エフィアルティスの力がこもった鎌だ。
「これで、終わりです」
――と、甲羅の天辺にある顔の一つに、見覚えがあった。
「ッ……母さん?」
ザフィリの一瞬の隙を、数多の顔達は見逃さなかった。
「ぐっ……⁉」
『あなた!』
吹き飛ばされるザフィリを、エフィアルティスが受け止める。
『どうされたのです? あなたらしくない、ザフィリ』
エフィアルティスに叱咤されるが、ザフィリは一点を見て、少し硬直していた。
(な、なんだ……全然、変わらないじゃないか……)
強くなったというのに、こんなにも心を惑わされる。
これは、全く意味がない。
「っ、……ふふ……」
心を、もっと殺さなくてはいけない。
ほしいものをほしいだけ。そして、何者にも、侵されない自分の時を手に入れるために――
『ザフィリ……』
「大丈夫、エフィ」
微笑む顔は、いつものザフィリだった。
「もう、迷わないさ。あの哀れな大亀を、滅してあげよう」
ザフィリは、再び鎌を構え、さらに力を込めた。
そして、荒れ狂い、哀しい叫びを上げ続けるアイオーニオン・ソフォスの犠牲をすべて薙ぎ払った。
最後に、ぽっかりと空いたような大亀の瞳を見据えた。
「……さようなら、僕の、ただ一人の――」
ザフィリは、鎌を振るった。
永遠の賢者の頭は、犠牲者の想いに食い潰され、最後は、無へと戻っていった。
 




