突入前
件の商家は店が並ぶ通りから少し離れたところにあった。それでも人通りはある。1階は店になっていて港の労働者向けのよくある品揃えだ。様々な太さの縄、タールやテレピン油などの防水用品、その他にも様々な物を取り扱っている。
地下室は明り取りの窓だけが地上に出ている半地下だ。並んでいる他の家とほとんど同じ建物だが、その窓は木窓で閉ざされていた。地下室を倉庫として使うのなら防犯の意味もあって不自然ではないが、そこに子供たちがいるとタータは分かっていた。
タータとラズの2人は直接見えないよう、少し離れた路地に居た。気配で人が分かるタータのお蔭で、商家の中に何人がどこにいるかも分かっている。今は人通りが途切れるのを待っているところだ。
「じゃあ、人が居なくなれば行くぞ。」
「おぅ。どこから入る?」
「正面からだ。」
「そりゃ無理じゃねぇか?」
「気絶させれば問題ない。」
異を唱えるタータに対してラズは特に表情も変えずに返事をした。自慢するような声ではなく極めて普通の平坦な声だ。自信がある、というよりも出来ることを言っただけに聞こえる。
「私が先行するから後から来るんだ。」
「でもよ、お前その身体になったばっかなんだろ?」
ラズは魔法使いの身体になってからまだ2日しか経っていない。身体の大きさはほぼ同じだが、肉の無い人形とは動かし方も感覚も違うはずだ。戦闘においてはその差が致命的になり得る。
「大丈夫だ。人形のときは魔力で全てを動かしていた。この身体でもそうすればいい。」
「魔力の強さがまるで違うだろ?」
「君が外に出てる間に色々試した。どうやらあの人が合わせてくれたようでな。服を着てれば同じように動ける。」
「俺んときと一緒か。あの野郎はそういう気遣いは出来るんだよなぁ。」
タータも魔法使いの身体になったとき、昔とほぼ同じだけの力を持っていた。体格には見合っていないためバランスは悪いが、持てると思った物はどれも持ち上げられた。普段の生活がしやすくて助かる気遣いだが、魔法使いが他の面ではゴリ押しだったり一方的だったりするのは謎だ。
ラズは軽い準備運動なのか、足を伸ばしたり肩を回したりしている。長くて邪魔だと言って短く切った樫の棒を、2本だけ両腰にさしている。それ以外は何もない。体格には大きめの外套をまとって頭と顔に布を巻き、親指以外が繋がった大きめの手袋をしてるだけだ。
「そんなもんで大丈夫なのか?」
「ん?ああ、こっちのほうがいいんだ。」
ラズは手袋を握ったり開いたりして感触を確かめているようだ。大人用の革製で、中には手の甲側にギュウギュウに詰め物をしてある。重みはあるが、それで人を殴ったところで効果があるようには見えない。
「魔力が低かったから、対人戦については色々と研究していてな。殺すならともかく、打倒で気絶を狙うならこっちのほうがいい。」
「でもそれじゃ柔らけぇだろ?」
「これで顎先を射抜くんだ。そうすると相手は意識を失う。闘志があれば気絶しないこともあるが、それでも拳に酔って立てなくなる。組み討ちの実習のときはこれで連勝したものだ。」
「うへぇ・・・。」
ラズは事も無げに微笑みながら語るが、タータはドン引きしていた。どういう原理か分からないが、柔らかい手袋で相手を昏倒させるのは絵面的に凶悪だ。硬いほうが痛いというイメージが強いのだが、ラズが断言する以上は出来るのだろう。
「頭の後ろ、首の付根なんかもいいな。少し確実性は下がるがこめかみもいけるぞ。」
そう言いながらラズは虚空に拳を振るってみせた。狩りの最中ほどは集中していなかったが、ベテランの狩猟者であるタータにも分からない速度だ。一般人であれあ空気を裂く音しか聞こえないかもしれない。
「一番確実なのは首を後から締めることなんだがな。不意を打つか組み伏せなければ狙えない。相手が複数ならこっちのほうがいい。」
「騎士を目指す連中ってのは怖ぇな・・・。」
「ここまで知ってるのも、実際にやるのも私だけさ。」
ラズは自嘲気味に言った。騎士の戦いにおいて、そういった小技を狙える場面は非常に限られている。魔獣との戦闘では完全に無駄な技能だ。
「これは魔力の低さを補うために、工夫していて見つけた技だ。接近しなければ使えないし相手の剣を掻い潜るのは難しい。それに魔力が十分なら剣で斬ったほうが速い。」
「そりゃそうなんだろうけどよ。」
タータには人を倒すために技を磨くということが理解できない。魔獣と直接相対する狩猟者だからこそ、人相手にその力を振るうことが馬鹿らしく感じてしまうのだ。しかしこのような場面では頼りになる力でもある。タータは複雑な表情で困ったように溜息をついた。
それを見てラズも何かを察し、話題を変える。外套が盛り上がってる背中を指さしてタータに質問する。その下には背中に抱きつかせたぬいぐるみがある。
「ところでこのぬいぐるみは外れないのか?かなり激しく動くと思うのだが。」
「あぁ。怪力の狩猟者が力づくで引っ張っても外れねぇぐら・・・ん?中で動きがある。」
タータが目を瞑った。気配を探すだけでなく、何をしているかを探るために集中する。
「何があった?」
「地下に3人、大人が・・・ん?これは・・・子供を袋詰してんのかっ・・・!」
地下で子供をなにかに詰め込んでいるのが分かった。動きからして大きめの麻袋あたりだろう。タータは小声だが、思わず声を荒げてしまう。それに対してラズは冷静だ。
「衛兵が来たことを知ったんだろう。早く動いてよかった。」
「クソが。金の亡者共はコレだからよ・・・ッ!」
悪態をつくタータを落ち着けるように、ラズが肩に手を乗せる。今大事なのは憤ることではないのだ。
「そろそろ途切れそうか?」
「あぁ、今あそこ歩いてるのが角を曲がればいける。」
「よし、じゃあ先に入るから後から来てくれ。」
「何言ってんだ、俺も行くぜ?」
「邪魔だ。ドアに閉店中の札下げてくれればそれでいい。」
いかなる表情も浮かばない冷静な顔になったラズが駆け出した。あっという間に店の中に入っていく。邪魔呼ばわりされたタータは酷く不機嫌な顔になるが、出遅れたことに気づき慌てて後を追った。




