カチコミ準備
タータが数箇所の店に寄って宿屋に帰ったのは正午の鐘が鳴る直前だった。その姿を見てラズは疑問顔になる。背中に杭打ち用の槌と数本の木の棒を背負っていたからだ。
棒の長さはほぼタータより頭一つ上の高さ程度で統一され、ラズでもなんとか握れる細さだ。材質はこの辺りで取れる木材では最も堅い樫。覚えのあるものが使えば人を打倒できる棍棒のようなものだ。
「それはどうしたのだ?」
「おぅ、飯食ったらカチコミに行くぞ。」
「え?」
ラズの疑問を余所に、タータは紙袋を小さなテーブルに置いた。野菜にチーズ、ハーブをふんだんに使った焼き魚の身が入った、昼飯代わりの具入りパンだ。そこから1つを取り出して頬張りながら、ラズに質問をする。
「お前、騎士の訓練は受けたんだよな?」
「あ、ああ。訓練は受けた。魔力が低すぎて騎士には選ばれなかったが。」
「護衛の訓練は?」
「それも受けている。腕に覚えがあり騎士になれないならば、衛兵や従者になるのが普通だからな。」
貴族は武を以て貴族足り得る。ただの支配者ではなく国を守る剣なのだ。爵位の高い貴族の子息であれば政治に携わる文官としての道もある。しかしラズは男爵家の次男であり、そういった道は選べ無かった。
タータはラズの言葉に頷く。少し考え事をしながらのようで、視線はラズではなく虚空へと向いていた。そして食べ進めながらさらに質問を重ねる。
「ヴナトールってのとも渡り合えてたんだよな?」
「ああ。技だけなら上を行っていた自信がある。」
「よし。なら対人戦はイケるな。」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。」
ラズが慌てて遮った。魔獣との戦いがある騎士と違い、衛兵や従者は捕縛や護衛の任を主とする。そのため対人戦闘においては、魔道具無しならば騎士よりも強い者もいる。しかし、この町でそれが必要とされる理由がまるで分からなかった。
ラズはタータの前に立ち、肩を捕まえて自分へ向けさせる。タータの表情は普段と違い苛立ちを感じさせるものだった。
「一体何があったのだ?」
「今からガキを売り買いしてるとこに乗り込んで、ガキを開放する。」
タータがラズの目を見据えてそう宣言した。本気の目だ。それを見てラズは手を離し、ひとつ息を吐いてから真剣な顔でタータを見つめた。
「いくつか聞きたいことがある。」
「なんだ?」
「それは正義なのか?」
貴族であったラズにとっては重要なことだ。正義なき力は暴力でしか無い。それは騎士教育の過程だけでなく、年端もいかないころから貴族の常識として教えられることだ。自身の都合で平気で他人を殺すヴナトールが異常なのだ。
ラズがヴナトールと行動を共にしていたのも、同じ正義の元にいると思っていたからだ。もっとも、その思いは死んだ後で間違いだったと気付くことになったのだが。ラズはジッとタータを見ながら続ける。
「私はあいつと色んな所を周った。その中であいつの勝手な正義ではなく、私にとっての正義の行動でも、実は迷惑だと指摘したのは君だ。」
「そんなこともあったな。」
「人形の身体では眠れない。そんな夜に色々と考えていたのだ。様々な本も読んだ。そして人によって何が正義なのか変わると思い知った。」
「そりゃそうだ。」
「もう1度聞こう。それは正義なのか?」
寒村ではよく、子供を売る親がいる。その親にとっては他の家族を守るためにする正義の行動だ。そうしなければ家族が生きていけないのだ。
そもそも育てられない子供を生まなければいい、と貴族であれば思う。自身を律することを重視するためそう感じてしまう。ラズもそうだった。だが、それを押し付けたとしたら、売られるはずだった子は間引かれ、処分されるだろう。そう指摘したのがタータだった。
売られたとしても生きていればまだ可能性はある。死んでしまえばそこで終わりだ。子供を死に追いやることは正義なのか?そう聞かれた時ラズは答えられなかった。
「正義かどうかなんざ知ったこっちゃねぇな。」
「おい、それはどういうことだ。」
タータは憤りを秘めた表情のまま低い声で言った。ラズは思わず食い下がるが、タータはラズに一歩近付いて断言する。
「死にかけてるガキにとって大事なのはそれじゃねぇ。」
「な・・・死にかけてるのか?」
「あぁ。かなり弱ってっから急がねぇとやべぇ。」
「いったいどうやってそれが分かったんだ?」
「俺は周りの気配が分かる。集中すりゃかなりの距離、どんなヤツが何をしてるかも分かる。」
「それで見つけたのか。」
港近くで衛兵のアルムーラと会った後にタータは周囲の気配を探った。そのとき倉庫近くの商家の地下に、弱々しい子供の反応を複数見つけていた。
「それとラズ。お前はソコから逃げ出したってことにする。」
「え?それは・・・なるほど。たまたま逃げ出した同郷の子を君が保護するということか。」
「そうだ。俺らがやったとバレねぇようにするぞ。あくまでも逃がすだけだ。」
そこでタータはラズから離れ、カバンの中を漁り始める。
「お前用に外套も用意したし布を買ってきてる。顔を隠して乗り込むぞ。」
「しかし、それは正義なのだろうか・・・。」
ラズはなおも納得がいかない様子だ。彼の中で。そこにタータが向き直って丸められた麻布を渡した。そしてバンダナを取りターバンの要領で麻布を巻いていく。
「正義だなんだってのは大人の都合だ。その辺の細けぇコトは俺にゃ分かんねぇ。」
タータは平民だ。別に正義の味方を気取りたいワケではない。重要なのは生きることであり、何かを成すことではない。見て見ぬふりをすることも多いし、面倒事にはそもそも近づかないことを是としている。それでも許せないことはある。
「ただ、ガキが死にかけてんだ。お前ならどうするよ?」
「そう、か。分かった。」
その真剣な声にラズも納得が言ったのか大きく頷いた。
「喜んで手を貸そう。」
「よし、じゃあ頼むぞ。」




