貴族の考察
枷を付けてもなおも抵抗を止めないヴナトールは、折れた左腕以外の全身を縛り上げられている。それでも嘘で乗り切ろうと騒ぐ口は、しっかりと猿轡がされた。
左足も折れているが、そちらは両足ごとぐるぐる巻きにされている。右足が添え木代わりだ。何度か動かそうとしていたが、その度に走る激痛に懲りたのか、今は上半身で藻掻いている。その様子を見てチェーブは不安そうに訪ねた。
「大丈夫なんですかね?まだ暴れてますけど。」
「枷をしてるから大丈夫だよ。」
軽々と戦鎚を振り回すところを目の当たりにしたのだ。首と手が鎖でつながっているとはいえ、全力を出せば引きちぎれるのではないかと不安になるのも無理はない。
「ふぅ。あれは呪文のない魔道具だからね。触れてさえいれば魔力で何かしようとしても、そちらに勝手に魔力が流れるんだ。でも魔力なしの力ではあの鎖は千切れない。」
指示を出し終えたスクッドシグは、兜を脱ぎながら答える。紅碧の髪は汗でしんなりとしていた。
「強引な魔力で引き千切ったりとかないんです?」
「魔力を吸うほどに頑丈になっていくんだよ。外そうと魔力を出せば逆にどんどん外れ無くなる。首と手を鎖で繋げているから、どちらかを斬り落とさなきゃ外せないね。」
「な、なるほど・・・容赦ないですね。」
若干ひきつつチェーブは辺りを見回す。スクッドシグが衝突した壁は凹み、戦鎚が振り下ろされた床は大きく穴が空いていた。直すのにどれほど金がかかることか。
「はあ、しかしこりゃ修繕費が高くつきそうだ。」
「そっちはなんとか交渉してみるよ。君らが壊したわけじゃないしね。」
「いいんですか?」
「なに、払うのは彼だから。」
スクッドシグはヴナトールに視線を投げる。まだウネウネと足掻いているようだ。折れた左腕に添え木をしようとしている衛兵も困り顔だった。
「あの子は大丈夫かな?」
「あー・・・あそこに居ますけど、貴族様が増えたもので・・・。」
「そうか、苦手なんだったね。」
タータはテーブル席へと隠れるように引っ込んでいた。ヴナトールの右腕を蹴飛ばしたときは無我夢中だったが、今になってまた震えが来ている。金タグの狩猟者なだけに見事に気配を消していて、周りには気付かれていないようだ。
「少しそっとしておいてもらえると・・・。」
「うん、分かったよ。あの子には助けられたから、礼を言いたかったんだけど。怖がらせちゃったかな。」
「いやいや、そんなヤワなアレじゃないんで。人数がアレなんですよ。ちょっと落ち着けばいい感じにこう、なんとかですね。」
チェーブは慌ててフォローを入れる。が、上手く言葉が出ないせいでよく分からない表現になってしまっていた。それを聞いてスクッドシグの顔にやっと微笑みが戻る。そこに護衛との話を終えたヴィーラン子爵が話しかけてきた。
「准男爵殿、よろしいかな?」
「・・・あ、はい。何か?」
少し間をおいて衛兵らしく姿勢を正し、兜を左脇に抱えて正対したスクッドシグが返事をする。まだ准男爵を賜ってから日が浅いため、呼ばれ慣れてないのだ。
「まだ慣れてないとみえるな。」
「お恥ずかしい。爵位持ちとしての自覚が薄いようです。」
「ハハ、私も最初はそうだった。」
厳つい顔のヴィーラン子爵が軽く笑う。それと対照的に、チェーブは青くなる。スクッドシグが実は爵位持ちで、先程のように気軽に質問していい相手ではなかったのを思い出したのだ。
「衛兵を借りたのを詫びておこうと思ってな。ドアがなかなか開かなかったから、私の判断で応援を呼びに行ってもらった。」
「そんな、こちらこそありがとうございます。私は手一杯でしたから、助かります。」
スクッドシグは右手を胸の前に当て腰を折り、慇懃に礼をした。
「しかし何故、ヴィーラン卿ご本人がこちらへ?手の物が来るだろうとはお伺いしておりましたが。」
「息子から連絡があってな。相手は男爵だと言うし、私自ら動いたほうがいいだろうと判断した。彼の爵位が剥奪されていたことは公表されていなかったからな。」
「なるほど。」
「もうひとつ、息子がタータ・・・ああ、彼が探していた“赤髪で巨体の狩猟者”にずいぶんと世話になってたからな。」
ヴィーラン子爵が視線を上げ、懐かしそうに丹色の目を細めた。
「その弟子が助けを求めてきたというんだ。家の者への恩を返すのに、家長が動くのも当然だろう?」
「タータさんの・・・そういうことですか。」
「おや、知っているのか?」
「ええ。私がここでこうしている理由でもありますから。それと彼がその弟子です。」
「えぇ?ヒェッ!?」
青くなっていたチェーブは突然の紹介に、素っ頓狂な声を上げてしまう。これにはヴィーラン子爵も大きく破顔してしまった。スクッドシグもクスクスと笑っている。
「ガハハハッ。そんなに怖がらないでくれ。私はヴナトールのような貴族ではない。取って食ったりはしないぞ。」
「あははは、はあ・・・。」
「改めて自己紹介しよう。私はイゥビトール・ストリック・ヴィーラン。領地はないが子爵だ。タータにはよく息子の相手をして貰っていた。」
「あは、へ、はい。チェーブです。一応、銅タグです。弟子でした。あ、狩猟者です。それと、来てもらってありがとうございます。」
しどろもどろになってしまったチェーブにずいっと近づき、ヴィーラン子爵はバンと肩に手を置いた。チェーブは小さくヒィッと声を上げるが、厳つい笑顔が視線を逸らさせない。
「どうだ?我が家で息子にタータの話をしないか?もちろん報酬は出そう。」
「えぇ!?いえ、あー・・・遠慮し、ます。ちょっと先約な野暮用がありまして・・・。」
「そうか、残念だ。我が家はいつでも大歓迎だから、暇が出来たときにでも東の門番に連絡をしてくれ。すぐに対応しよう。」
「はは、はい。ありがとう・・・ございます?」
チェーブの本心ではありがたくないため、最後が疑問系になってしまった。貴族の家で貴族相手に会話というのは、平民には難易度が高すぎる。
ヴィーラン子爵はチェーブの肩から手を離し、スクッドシグに向き直る。その顔は真剣だ。
「ほんの少しだが、君の戦いぶりは見せてもらった。よくぞあの者を相手にやり通した。」
「はっ。ありがとうございます。」
「特にあの言葉は良かった。“街を、笑顔を守るために”か。チェスラッツ男爵をはじめ、色々な人が君を准男爵へと推薦したのもよく分かる。」
「光栄です。ですが、元はタータさんの言葉なんです。」
「なんと・・・。そうか、やはり惜しい人を亡くしたものだ・・・。」
「ええ、全くです。」
2人ともに悲しそうに瞳を伏せる。そして一段と低く厳つい声でヴィーラン子爵が口を開いた。
「それで、やはり犯人はヴナトールかなのか?」
「おそらく。3度質問しましたが答えませんでした。」
「何を聞いた?」
「弟子の名前を聞く理由、探しているのに名を聞かない理由、死んだことに興味を持たない理由です。」
「なるほど。1つ目は口封じのため。残りは、死んだと分かれば問題にならないため、か。」
「ええ。そして3度聞かれてもなお口を噤んだ理由は、答えないことよりも罪が大きいからでしょう。」
よほどのことが無ければ行われることはないが、爵位が上の者からの質問に3度黙秘をすれば、それだけで罪になる。貴族であれば、嘘ではないが真実でない答えを用意しておくなど当たり前なのだが、その点でもヴナトールは貴族の常識の中にいなかった。
「他領の超一流の狩猟者を殺した、ということか。」
「そうでしょう。弟子の存在を知ったときが最も大きい反応でした。タータさんを殺した後、荒屋を捜索したのでしょう。それで逃げた同伴者がいるかもしれないと思っていた。」
「そして戦争で有名になって顔が売れることで、目撃者が訴え出ることを恐れたのだな。」
「2年前のヴナトールの足取りはこの周辺から逃げるようでした。」
「その頃は見つかることを恐れていた、ということか。」
「目撃者の顔を知りませんからね。そう考えるのが自然だと思います。」
ヴィーラン子爵はフゥと一息ついて、天井を見上げる。
「これで・・・犯人を捕まえたことで、タータの仇は取れたのだろうか。」
「分かりません。ただ、裁きを受けさせ、罪を償わせることは出来るはずです。それに彼の弟子は無事です。」
「そう、だな。弟子を大事にしていたタータなら喜んでくれるだろう。」
「ええ。そう思います。“願わくば彼の願いが逝く先で叶わんことを。”」
「”願わくば彼の願いが逝く先で叶わんことを。”」
最後に2人は死者へ向ける言葉を口にし、どちらともなく右腕を胸に当て黙祷を捧げた。一方タータは、多すぎる貴族に震えながら「早く帰ってくれ」と願っていた。




