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逆転

「ここで待ってろ!」

「なんぞ騒がしいで、一度いぬるわ。」

「帰んのかよ!」


 タータのツッコミを境に、固まっていた2人が動き出した。ドォンと再び床が抉られ、轟音が室内に轟く。しかしそこに叩き潰したはずの相手がいない。ヴナトールは一瞬だけ目を見開いて、即座に左右を見る。


 スクッドシグは戸惑っていた。眼の前にヴナトールがいるのはさっきまでと同じだが、見ている角度が違う。正面を向いていたのに、右側面を見ている。あの戦鎚は自分に振り下ろされていたはずだ。数瞬の戸惑いが、ヴナトールよりも行動を遅らせた。


「そこォ!」


 先にヴナトールが動く。体を捻り腕を振り、遅れて戦鎚が唸りを上げる。なんとか立ち上がったスクッドシグは中腰のまま、避けるか受けるかをまだ決めていなかった。


「盾だ!!」


 甲高い叫び声が届く。タータだ。それが誰で、何を言いたいかを考える前に、スクッドシグの身体が動いた。戦鎚の軌道を下から上に逃がすため、斜め下から殴りつけるように円盾を出す。左足を前に出しながら、体ごとぶつかるように。


 スクッドシグは元々騎士を目指していた。足りない魔力を補おうと、技術は誰よりも磨いていた。当時は、弱く少ない魔力を盾に集中し、他へ回すことを無視していた。そうすれば騎士ともなんとか戦えるからだ。しかし、攻撃に回す魔力がない。膂力を上げる方に割けない。それは騎士の仕事の1つである魔獣退治において致命的だ。周囲からの評価は低く、夢は破れてしまった。


 その頃に死に物狂いで身につけた盾の技術が今、無意識に身体を動かしている。戦鎚と円盾が交差した。盾が強く明るく輝き、キィンと高い音が響く。戦鎚のような重量物が当たったとは思えない音だ。しかし。戦鎚は真上に吹き飛ばされていた。


「ぬおおおお!」


 ヴナトールはそれでも手を離さず、1歩下がって体制を立て直し、なおも左腕一本で戦鎚を構える。体制を崩さなかったスクッドシグは、円盾を構え相対する。さきほどの激突が嘘のように傷ひとつ無い表面は、白く淡く光っていた。


「(あれ(魔法)か・・・。)」

「(あれ(魔法)か!)


 タータはやっぱり何かやってやがったと顔をしかめ、チェーブは戦鎚を弾く円盾の神秘的な光に感動していた。


「諦めろ!もうすぐ応援が来る!言い逃れは出来ないぞ!」

「障害を前に!諦めるものか!剣を止めるものか!」

「街を、笑顔を守るためにいるんだ!止めてみせる!」


 2人が吠える。己が戦う理由を確認するかのようだ。


 絶望的な状況下でもヴナトールは最後まで諦めない。そうして今まで進んできたのだ。どのような劣勢でも窮地でも、ただひたすらにに剣を振るい前に。だからこそ英雄と呼ばれたのだ。


「お前らを殺せば!まだ挽回できる!諦めなければ!道は開ける!」


 狂気に根ざした確固たる意志の力を糧に、ヴナトールがさらに吠える。もはや状況判断すら出来ていない。チェーブがいつの間にかカウンターから出ていることにも気付かない。そして、天井際にある明り取りの窓から覗く視線にも気づかなかった。血走った目で睨みつけたまま戦鎚を振り下ろそうとしたそのとき、ボギンと何かが折れる鈍い音がした。


「グゥオオオ!」


 ヴナトールが絶叫し、戦鎚が床に落ちる。左の二の腕があらぬ方向に曲がっていた。


「(さっきのか!)」

「(あれか?!)」


 タータとチェーブが気付いた。魔法使いは最後にヴナトールを触っていた。だから二の腕が折れたのだ。これも魔法の類なのだろう。そして肩を触って二の腕が折れた、という点にも気付く。触れたのはもう1箇所、膝だったはずだ。つまり・・・。


「まだァ!」


 レイピアを床に刺す。そして戦鎚を右手で取るべく、振り返るように体を捻ねった。体重が左足にかかったそのときまた、ボギンと何かが折れる鈍い音がした。


「グゥゥゥウウウウ!!」


 今度は左脛だ。骨こそハミ出ていないが、中程から前方に曲がっていた。ヴナトールがそのまま滑るように崩れ落ち、苦悶の表情で唸る。


「ガァアアア!」


 それでもなお、ヴナトールが動いた。戦鎚を杖代わりに上半身を起こし、右足1本で跳ぶ。そのまま倒れ込む勢いを重ねて、左上からの反手で一撃を振るう。最後の瞬間まで諦めないその精神の強さは、狂気さえ孕んでなければ真の英雄のそれなのだろう。


 だが、遅い。傷の痛みか、片足のせいか、先程までより明らかに鈍い。スクッドシグは自信の右上から迫る戦鎚を、余裕を持って構えた盾で、受け流し気味に左下へと流し弾く。また盾が白く、しかし今までよりも強く輝いた。


 至近距離での閃光に視界を奪われヴナトールが、着地すらままならずにうつ伏せに倒れ込む。スクッドシグが素早く残った右腕を取り、手首を極めて戦鎚を手放させる。そしてそのまま背後に回して組み伏せた。同時にドアが開く。


「開いたぞ!」

「隊長!大丈夫ですか!」


 衛兵が2人、少し遅れてもう1人雪崩込んできた。みな同じように重装備だ。スクッドシグが叫ぶ。


(かせ)を!ロープも!」

「はい!」

「貴様ら!俺はこいつらに殺されかけていたんだぞ!俺よりもこいつらを捕えろ!」


 ここにきてもヴナトールは諦めない。まだ周りは衛兵しかいないのだ。少しでも油断させて全員を殺せば、まだ誤魔化せる。ヴナトールはそう判断した。無茶でも無理でも他に手はない。そこにほんの僅かでも打開する可能性があれば躊躇わないのだ。


「ほう、面白いことを言うな。ヴナトール殿。」


 そこに低く渋い、落ち着きつつも威圧感のある声が響いた。よく通り、相手に行動を強制するような力のある声。ドアから入ってきた中年の貴族がその主だ。


 短く刈揃えられた空色の髪を揺らし、ゆっくりと踵を鳴らしながらヴナトールに歩み寄る。2人侍らせた護衛は警戒を顕に左手で剣の鞘を、右手を柄にかけ油断なくヴナトールを見据えている。


「先に名乗らせていただこう。私は、イゥビトール・ストリック・ヴィーラン。子爵だ。領の行政の一部を任せてもらっている。」

「ヴィーラン卿!私は騙されてこの者達に襲われt」

「つい先程、見せてもらったよ。あそこからね。」


 ヴィーランは親指で背後を指す。明り取りの天窓だ。護衛の1人の肩が汚れているのは、台となって主人を担ぎ上げたのだろうか。よく見れば衛兵も1人、両肩が汚れている。


「くっ・・・!」

「やりすぎたな、ヴナトール殿。それと手のひらを返しすぎだ。この期に及んで平気で嘘を吐く。これでは君の過去の発言が全て、嘘かもしれないと証明したようなものだ。」

「なっ・・・まさか?!」

「そう、君の申告した戦果も含めて、全てだ。全て再調査待ちの保留とさせてもらおう。」

「ぐぅううう!!」


 それでもヴナトールは抵抗していたが、ガチャリと首と右腕に金属製の枷が嵌められた。


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