魔法使い再び
「いいところに!そのまま止めといてくれ!」
タータは勢いよくスクッドシグの元へ走り出した。
「ええけども。おめ、はざみあっぺこっp」
「チェーブ手を貸せ!」
「おうよ!」
チェーブもカウンターを一気に飛び超えてスクッドシグの横へ降り立つ。何故そうなったかの理解や分析は後回しにして、今の状況で何が出来るかを考えるのは、優秀な狩猟者である証だ。
2人は今のうちにスクッドシグを動かして、戦鎚の軌道上から逃がすつもりだった。タータは右脇を押し、チェーブは左肘に腕をかけて引く。だが、固まったスクッドシグは力を入れてもビクともしない。怪力で鳴らす狩猟者の全力だというのにピクリとも動かない。
「クォォオオオオ!ダメだ、動かねえ!」
「オラああああ、全力出せチェーブ!」
「やってんよおおおお!」
「おめどもはっちゃきこいてなにしてんだ?それまんず動かんねんど。」
いつの間にかすぐ近くに来ていた魔法使いが、不思議そうに訪ねた。切迫した2人と違い、強い北の訛りのある言葉は気が抜けそうなほど一本調子だ。
「見たら分かんだろ!コイツを助けんだよ!」
「そか。んでおめのよ、はざみさどこだ?」
「ハサミは後で渡すからちょっと待ってろ!」
どうやらハサミを探していたらしい。それどころではないタータは乱暴に返すが、魔法使いはまるで調子を変えずに聞いてくる。
「後でていつよ?」
「コイツを助けたらだよ!」
「ん・・・せば。」
魔法使いが視線を向けると、今までピクリともしなかったスクッドシグが、一気に横にズレた。壁際からカウンターの前まで音もなく滑るように移動する。
「ウォ!?」
「おわっ、たっ!?」
2人は体制を崩し、つっかえ棒が外れたように派手に床に転がる。全力だったせいで、いきなりの力の変化に身体が反応できなかった。タータは仰向けに滑り、胸を強かに打つ。チェーブは後ろ向きに転がり、カウンターの下部で後頭部を打つ。
「痛ってえ!」
「ケホッ、エホッ。」
「えが?んだら、はざみさ出せ。」
どこまでハサミにこだわってんだ、と言う台詞をチェーブは飲み込む。それよりも今の状況をなんとかしなければならない。が、タータは思わず言ってしまう。
「まだだよ!ケホッ、ハサミにこだわり過ぎだろ!」
「はんかくせぇこと。布切れないっしょや。」
「後だ、後!」
「だーら、後でていつよ?」
「だから、コイツを助けたらだよ!」
「おめほんとやがますなぁみったくない。」
何かを言おうとしたタータはそこでふと気が付く。外の喧騒が聞こえ、馬車の車輪の音も蹄の音も室内に入ってくる。止まったのはこの2人だけのようだ。これなら、応援がきてから固まったのを戻せばなんとかなる。
「どのぐらいで解ける?」
「もうちょびっと。」
「具体的には?」
「心音が50か、60ぐれぇ。」
しかしあまり時間はないようだ。心音が50とは、心音で50回ということ。時間の古い表現で、基準が人によってバラバラなので誤差が大きく今は使われていない。だが、短いことは分かった。
「扉もか?」
「んだ。部屋ごとしばれとんで。」
「人と部屋、どっちが先に解ける?」
「人だ。後で部屋。心音で10ちょっと早ぇが。」
「やべぇ、このまま動き出せば殺されるかもしれねぇ。」
「やべえ、何言ってんのか分かんねー。」
会話が理解できずに置いてけぼりのチェーブをよそに、タータが焦る。先程の束の間の戦闘でも英雄の強さは際立っていた。
重装備の相手を寄せ付けずに一方的に打ちのめす力。相手の回避を読んで追い詰める技。応援が来ても部屋に入れるようになるまで時間がかかる。下手すればその間に全滅もあり得る。
「これ死なねばよかんべ?盾さ直せば・・・ん、出来さわりィなぁ。腕もぐねってまぁ。」
一方、魔法使いはスクッドシグの円盾に触れて魔法で直していた。上半分の大きく凹んだ部分が音もなく勝手に戻り、一瞬だけ様々な模様が浮かんで消える。しかし現状は、盾で防ぎきれる程度の戦力差ではない。
「防具じゃ意味ねぇ。本人の魔力が弱ぇんだよ。クソ、俺らも抜くしかねぇか。」
「うはー、マジかあ。それだけは避けたかったんだけどなあ。」
「死ぬよかマシさ。」
諦め気味にタータが腰の鉈へと手をかけ、チェーブが山刀を抜く。貴族に対して武器を向けることは重罪だ。戦場ならばまだしも、街中ではどうあがいても厳罰になる。だからこそ2人は身を守るために防具を備えたのだ。
「これの力さ足りねんのが。ちょして・・・ほれ。」
魔法使いはスクッドシグの頭に、兜の上からしばらく手を当てて、離す。特に何か起きたようには見えない。
「何したんだ?」
「力さ出るよにな。これでおめら、何もせんでいいっしょ。」
「また面倒なことを・・・。」
タータは頭を抱える。度を超えたことをするとは思いたくないが、何をするか分からないのは魔法使いも同じだ。目立てば面倒なことになるのは間違いない。嘘は言わないので、こちらが手を出す必要はなくなったのだろうが。
「チェーブ、武器を戻せ。やべぇときまで抜くなよ?」
「大丈夫・・・なのか?」
「コイツが言ってる以上は大丈夫だ。むしろ、やりすぎが怖ぇよ。」
「このほいどたれは?」
タータの苦悩を他所に、魔法使いはヴナトールの近くに立ち、指さして聞いた。このままでいいのか聞いているようだ。
「そっちはどうこうする時間がねぇ。俺を斬ったヤツだから触りたくもねぇしよ。」
「ん・・・あぁ、あんときの。あぁ、あと10だな。」
「マジか!?」
魔法使いが残り時間を告げながら、ヴナトールの肩と膝をポンポンと叩く。途端にタータが大慌てで、魔法使いの背後に周って押し始めた。
「ちょっとお前隠れてろ!お前が見つかると色々面倒くさいことになっから!」
「わーったわーった。押すでねぇ。わーったがら。」
タータに背中・・・というよりも腰か尻のあたりを押されて、魔法使いが衝立の向こうにドタドタと連れて行かれる。まるで余計なことをする親を、遠くへやろうとする子供のようだった。
ほんの少し前まで命の危機だったはずのチェーブは、2人の会話に入れないままその光景を見て「からかえるネタが出来た」などと、どうでもいいことを考えていた。




