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やばいときは離れろ

 タータは再び下を向いて深い深い溜息をついたあと、顔を上げて食事を再開した。ただその表情は晴れない。


「こりゃ早めに街を出ねぇと面倒に巻き込まれかねねぇな。ソイツにはどこまで教えたんだ?」

「巨体の赤髪はいねーって伝えただけだ。最初に名乗ったから例の貴族ってのは分かったし、怪しかったからな。それに嘘じゃねーから罪にはならねえ。」

「他は?」

「何も。貴族が来たってことは領主様へ報告される、って言ったら帰ってったぜ。殺気を撒き散らして睨まれたけどな。」

「うへぇ。聞いてた以上にやばいな。」

「お前の顔は覚えた、とかゴロツキみたいなことも言ってた。ほんと頭おかしいぜ、あの貴族。」


 チェーブは参ったとばかりに軽く手を挙げ首を横に振る。貴族は自身を律し、精神的に強く気高くあり、下の者には寛大であることを尊ぶ。それ故、腹に据えかねることがあっても口には出さない。言うとしても、遠回しの婉曲な表現で相手に諭すように話す。つまり怒ったとしても嫌味が主になる。どうやら、ヴナトールという貴族はそういった貴族の常識の中にいないようだ。


「ギルド章貰ったら、とっとと西に向かうか。」

「いいのか?」

「何がだ?」

「なんつーか、仇ってわけでもねーだろうけどよ。タータさんが領主に訴えりゃ罪には問えると思うぜ?金タグだったんだし、気に入られてただろ?」


 全てが金で出来たタグ、通称“金タグ”は最高の狩猟者である証だ。縁取りだけが金の“金ブチ”とは格が違う。タータはかつてそのタグを持つ数少ない狩猟者の1人だった。


 魔獣に対して街道警備で手一杯の騎士団に代わり、端々の村でも狩ってくれる狩猟者は領地にとって重要だ。一流に対しては領地にとどまってもらうために、その土地々々の領主から様々な援助を受けている。そのような狩猟者を殺してしまえば、領主に喧嘩を売っているようなものだ。重罪とはいかないまでも、何らかの罰を受けることにはなるだろう。


「んなことしねぇよ。」


 しかしタータにその気は無いようだ。輪切りにされたクネドリーキを口に入れながら続ける。


「貴族には関わらねぇって決めてんだ。どう転ぼうがロクな目に会いやしねぇからな。」

「まあ、そりゃ分かるけどよ・・・。」

「俺ら平民は貴族の気分次第でどうにでもなるんだ。それこそいきなり殺されることだってあるし、実際にあった。」

「うっ・・・そうだよなあ。」


 平民にとって貴族は畏怖と恐怖の対象だ。基本的に寛大ではあるが、そうでない者もいる。相手が悪ければ、指示に意見するだけで死に繋がることすらある。たとえ正当な理由があったとしてもだ。そういう話は各地で語り継がれている。滅多にないがタータのように、行きずりで殺された話も国の各所に残っている。


「それに、気に入られてなんかいねぇさ。領主様に文句言ったこともあるしな。」

「嘘だろ?」

「マジだ。お前を弟子にする前にな。よく監獄送りにならなかったもんだぜ。」

「危ねーことしてんなあ。」

「そういうのは危ねぇコトってんじゃねぇ。馬鹿なコトってんだ。」

「自分で言うのかよ。」


 タータが肩をすくめ自嘲気味に言うと、チェーブは呆れたように苦笑した。監獄は貴族用の牢獄だが、平民にとっては拷問のための場所だ。入れば何かを失うまで出ることはなく、失うものが指か四肢ならばまだ良い方。基本は死であり、それが親類縁者に及ぶこともある。平民からの領主への文句はそれほど重罪なのだ。


「でもタータさんを調べてるやつがいたら、城に報告するようにって命令出てるぜ?しかも領主様直々に。」

「マジかよ。うわぁ、面倒くせぇことしてんな。」

「有り難いとかじゃねーの?」

「んなもん、死んだ人間にゃ関係ねぇよ。生きてる側の都合だ。自領で金タグ殺されたのがよっぽど許せねぇんだろ。」

「ぶっちゃけるなあ。そうだろうけどよ。」

「今回は明らかにやべぇ。先が読めねぇんだ。狩猟者の基本ちゃんと覚えてるか?」

「生きてりゃなんとかなるが死んだら終わり、やばいときは離れろ、だな。分かったよ。」


 チェーブは自分が随分と楽観的に考えていたことを教えられた気分だった。頼りになるメンバーばかりの“振り払う斧”に長いこといたのもあって、危機意識が緩んでいたのかもしれない。もうあの頃とは違い、身を守るのは自分自身しかいないとは知っていた。だが、その認識が甘かったようだ。


 チェーブが自省していると、宿の主人が残りの料理を持ってきた。香辛料でグリルされた肉、小麦粉と芋を練ったミール、歯ごたえのあるライ麦パンが並ぶ。どれも3人前ほどあり、皿も大きい。チェーブはパンを齧りながら、ふと先程の話で気になったことを聞いた。


「そういや、従者が魔・・・あれのとこにいるってのは、どういうこった?」

「あの貴族な。従者を殺したのさ。」

「えぇ?!」

「で、従者は俺みたいに助けられた。身体は違うがな。」

「なんて・・・。なんでそんな。」


 チェーブはうまく言葉が出ない。タータはまたチェーブに体を寄せ小声になる。


「その従者はぶっ倒れてる俺を見たとき、革鎧のギルド章に気付いたんだ。魔法使いが俺を運んだあと、そのことを指摘した。そしたらヴナトールってヤツは、全部無かったことにしようとした。幸いにも死体がない、ってな。」

「うわ、マジかよ・・・。」

「従者は“このことは領主に報告する”って告げた。犯した罪は償うべきだ、とよ。」

「その従者のがまだ騎士だな、そりゃ。」

「騎士にはなれなかったらしいけどな。まぁそれで死体もねぇし、身元が分かるモンがねぇかって荒屋を調べてたら、後ろからいきなりグッサリさ。そのあと俺の荷物を回収しようと戻ってきた魔法使いに助けられたんだ。」

「嘘だろ、オイ。同じ貴族すら平気で殺ってんのかよ。」


 貴族を殺せば身分の差によって変わりはするが、平民を殺したときに比べて非常に重い罰が課せられる。男爵が騎士爵を殺したとなれば、罰金や謹慎では済まない。爵位の降格に剥奪は基本で、そこに投獄か死罪が加わる。さらにほぼ連座になり、家族も何らかの罪を受ける。


 そして罰はこれだけではない。家が残れば、数世代に渡ってそのことを理由に冷遇される。それはプライドを重視する貴族にとっては、死と同じぐらい辛いことだ。だから常識があるならば、特に爵位を持っているのならば、絶対に直接の殺人はしないはずなのだ。


「死にかけながら“何故だ?”って聞いたら“お前もヴィクティマも俺が乗り越えるべき障害だったようだ”って言ったそうだぜ。」

「ヴィクティマ?」

「もう1人いた従者だ。ソイツには領に帰らせたって言ってたそうだ。でも実際は殺されてたってことだな。」

「反吐が出るぜ・・・。従者を障害呼ばわりで、悪事がバレそうなら殺すとか、性根が腐り過ぎてんだろ。」

「腐ってんじゃねぇ、狂ってんのさ。お前から名前を聞いたとき、そのヴナトールってやつの“好きな言葉”ってのを思い出して背筋が凍ったぜ。」

「なんて言葉だ?」


 タータが身体を戻し、手を広げながら芝居がかった口調で言う。


「己が正義を信じ、諦めずに剣を振るい続ければ、夢は必ず叶う。」

「・・・夢?」

「物語のように英雄になることだ。」

「英雄・・・?っておいそりゃあ・・・。」

「そうだ。ヴナトールは諦めることなく剣を振るい続け、数多の障害を乗り越えて、戦争でついに夢を叶えたのさ。」


 チェーブは全身に鳥肌が立ち、えも言われぬ恐怖を感じた。


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