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10話

2日目 午後3時30分



 柏木さんと閻魔様がいなくなってから、僕は端末を使って殺害現場を見直していた。


「『3つの現場に共通する足跡』……『髪の毛』……『服の繊維』……『DNAとか』……あ、『指紋』……」


 後はなんだろう? このくらいかな?


 マップ機能を色々試してわかった事は、普通に人間に話すように尋ねても割と的確な条件で絞ってくれるという事。砂粒程度の大きさの物まで見つけられるという事。見た目でわからない物やネットの情報でわからない物は検索結果に出て来ないという事。例えば、『髪の毛』は色と長さでいくつか似た検索結果が表示されたが、同一人物の物かは判断出来なかった。『服の繊維』も同様。『指紋』は汚れたガードレールに付いた指紋等しか出てこなかった。つまり、捜査が進むような物は何も見つからなかった。


「次は警察かなぁ」と呟きながらマップを閉じ、ブラウザを開く。


「『毒物連続通り魔殺人事件の警察資料』、ニュースとかでやってないやつ、あ、『内部資料』」


 一瞬、別のウィンドウに見た事もないスピードで文字列が走り、検索結果が表示される。


 ……次々とファイルが表示されて来て、止まる気配がない。順番もばらばら、ファイル名がない物もある。警察のパソコンの中身を出てきた物から片っ端に表示している感じだ。これを全部見るわけにもいかないし、どこから手を付ければ良いのかもわからない。


「『ストップ』、『調査報告書』あ、いや、『捜査状況がわかる物、わかりそうな物』」


 便利で有能なんだけど、使い手の能力が問われるな。と思いつつ、名前のついたファイルを上から順番に見ていく。


 同じような内容の物もたくさんあり、わからない単語を調べながらの作業は思ったより時間がかかった。関係のありそうなファイルを粗方見終わった時には日付が変わっていた。冥界だと疲れを感じないせいか、あっという間に時間が経っていた。その間、加藤さんはゲームをしたり、エロサイトを見たりしていた。


「そういえば柏木さん遅いな? 閻魔様に何の用があったんだろう?」と思った時、ポケットからスマホの着信音が聞こえる。


 画面には見た事のない番号、いや、文字列が表示されていた。とりあえず電話に出てみる。


「はい、もしもし」


『小林君かい? 今すぐ、テーブルの端末で、マップを開いて、今から言う言葉を、復唱してくれ』


 電話の向こうから閻魔様の息遣いが聞こえる。どうやら走りながら電話をしているらしい。


「は、はい。わかりました」慌ててマップを起動する。「準備出来ました」


『よし、音声入力、港区周辺、オナドール、飛鳥ハルカ、朝のお天気お姉さん、今夜の私のアソコは大雨注意報。だ』


「音声入力、港区周辺、オナドール、飛鳥ハルカ、朝のお天気お姉さん、今夜の私のアソコは、はぁ? 何言わせるんですか、てか、何言ってるんですか、閻魔様?!」


『理由は後だ、どこが映った?! 柏木君は今どこにいる?!』


「え、一緒じゃないんですか? えっと、五反田の、漫画喫茶? ネットカフェかな? が映りましたけど」


 画面に映る女性を見て、なんとなく閻魔様が言っていたことの意味がわかった。柏木さん似の女性がパソコンで一生懸命に何かしている。先ほどの意味不明なタイトルのダッチワイフが柏木さんに用意された肉体なのか……天国に行ったらコレ買えるの? なんてタイトルだったっけ?


『無事か?!』


「え? 無事だと思いますけど。パソコンしてます」


『無事なんだな? ふぅ~。クビがトぶかと思った。』


「どうしたんですか?」と尋ねる。


『あぁ、ついでだからそっちまで行くよ。5分もすれば着くから』


 そう言って電話は切れた。


 しばらくすると、何も無い空間から『コンッコンッ』とノックの音と共にいつものドアが現れる。


 閻魔様が入ってくる気配がなく、こっちに来いって事なのかな? と思い、ドアに向かう。閻魔様だったら入ってくる時にノックなんてしないだろうし。


「入りまーす」と言いながらドアを開ける。


 ドアの向こうにはいつもの位置に閻魔様がいた。


 椅子に登って背もたれに寄りかかった閻魔様は、クリーム色のゆったりとしたブレザーに、赤いチェックのスカートを着た私服姿だった。


「掛けていいよ」と手のひらで何かを指す閻魔様。


 よく見るとそこには、応接室にあるような黒い二人掛けのソファがあった。


「失礼します」と僕はソファに腰を沈める。ソファのクッションは柔らかく、よく見えないのも相まって、階段を降り切った後に一段多く降りそうになった時のような感覚がした。


「この格好は気にしないでくれ、ちょっと出掛けていたものでね。さて、今の状況について説明するよ。ある程度想像はついてるかもしれないけど、柏木君は現世に遺言を残しに行った。昨日の君達みたいに」


「はい」なるほど、遺書を書きに行ったのか……


「両親に別れの挨拶をしたいというから、夢の中か、枕元に立つ事を勧めたんだが、生身の体で一刻も早く行きたいと言うのでね、急いでカタログから肉体を用意した」


 そのカタログを見せて戴く事は出来ますでしょうか? もちろん、口には出さないけど。


「それで柏木君を送ってから近所で一杯やってたんだけど、なかなか柏木君からの連絡が来ないんだよ。心配になってこっちから電話したんだけど、彼女、電話に出なくてさ。勤務時間外とはいえ、来訪者に何かあったらボクの身が危ないと思って君に電話した」


 あなた、未成年でしょ?天国では未成年も飲酒OKなのかな?


「だから、君には今から現世に行ってもらう。なんでこんなに時間が掛かってるのか理由を聞いてボクに報告してくれ」


「今からですか?」突然、ミッションを言い渡されて僕は驚いて聞き返す。


「うん、今すぐ。チョチョっと行って、パパっと理由を聞いてボクに報告したら君だけ帰ってくればいい。あと、ボクからの電話には必ず出るように伝えて来てくれ」


「でも、入れ違いになったりしませんか?昨日は向こうに着いたらもう夕方でしたよ?」


 くたびれ損で往復数時間も浪費したくない。


「大丈夫。正規の手続きを踏めば一瞬だから」


 閻魔様はそう言って、僕の前に立ち、書類を一枚、僕に手渡す。


 受け取った書類には、昨日閻魔様が言っていた現世での禁止事項や、諸注意が書いてあった。


「それにサインして」


 閻魔様にペンを渡される。


「ぅ……わかりました」と僕は机が無いので、後ろを向いて背もたれに書類を乗せて一通り目を通してから書類の一番下に自分の名前を記入する。


「じゃ、いってらっしゃい」僕がサインするのと同時に閻魔様が肩越しにポンッと判子を押した。


 あまりにも唐突な出来事に不意を突かれ、バッと後ろを振り向こうとした瞬間、僕はそのままの体制でどこかのトイレの地べたに両手を付いて着地していた。


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