9話
2日目午後2時
新たな協力者、柏木さんを迎え、僕はテーブルの端末の使い方や僕が知っている限りの冥界のルール、そして昨日の出来事などを掻い摘んで説明していた。
「本当に昨日は大変だったんですよ。死ぬかと思いましたよ、もう死んでるんですけど」
僕は、使い古されているであろう冥界ジョークを交えながら、半ば談笑となった柏木さんとの会話を楽しむ。
「ふふふ。大変でしたね。けれど、遺書残して来れて良かったですね、加藤さん」
簡単に加藤さんに話を振るほど、柏木さんは加藤さんに慣れていた。これがコミュ力というやつかと僕は舌を巻いた。
「まぁな」と素っ気無い加藤さん。
ちょっと前まであんなに下心丸出しで柏木さんのことを見ていたのに、手を出せないとなるとここまで無関心になれるものなのか。
「それで、今日、こっちに戻って来て、僕がこの部屋に入ってくるまで、閻魔様と面接のやり直しをしてたんですけどね、ひどいんですよ、閻魔様。なんでやり直したかっていうと、上司に怒られたからだって、1回目の僕の面接すごい適当だったんですよ、書類を読み上げる時も『以下略~』とか言っちゃって」
今まで女の人とまともに会話をしたことがなかった僕は、やってみたら意外としゃべれている事が嬉しくて、つい、いつもより饒舌になってしまう。
自分ではコミュ障な方かなあと思っていた僕が、初めて会った女性と普通に会話出来ているのは、柏木さんの人格に因る所も大きいと思う。彼女は普通に話していても、どこか実際よりもゆっくり聞こえるような穏やかな話し方をする。
話し方だけではない。彼女は、春の暖かい空気のような、日向ぼっこをしている時のポカポカする感覚のような、優しく、穏やかな雰囲気を纏う女性だった。
「ふふふ。お茶目でかわいいですよね、閻魔ちゃん」
「まぁ、確かにかわいいのは認めるんですけどね~」と談笑を続けようとする僕を、柏木さんがやんわりと制止した。
「おしゃべりも楽しいんですけど、そろそろ犯人探しの方は始めなくても大丈夫なんですか? 大分、私のために時間取らせちゃったみたいですけど……」
申し訳なさそうに言う柏木さんの言葉に僕は、はっとしてディスプレイの時間を見ると、なんと1時間以上も話し込んでいた事に気づく。
「そうですね、そろそろ捜査しないとですよね」
地獄行きが掛かっている僕と加藤さんが、天国行きが保障されている柏木さんに注意されるなんて、と恥ずかしくなった。そういえば昨日も、まるまる1日、犯人を捜していない事に気づく。だいたい僕達二人はもっとやる気を出すべきなんだと反省しながら加藤さんの方を見ると、加藤さんはテーブルに足を乗せ、口を半開きにして存在しない前歯を舌でいじっていた。
「じゃあ、柏木さんの現場を端末で見てみましょうか、あ、自分の殺害現場を見るのは辛いですよね、ごめんなさい。じゃあ……」と次に何をしようかと考えていると──
「心配してくれてありがとうございます。でも、犯人捜しを手伝うのは私が決めた事ですから気にしないで下さい。それに、多分そんなにショックは受けないんじゃないかなぁ、私の死体はもう警察が持って行っちゃた後だろうし、血がドバーッみたいな殺人現場でもないですし」と柏木さんが微笑む。
その微笑にドキリとした。これが恋なのか? なんて考えが一瞬、頭を過ぎる。顔が赤くならないように努めるながら、死んでから急に魅力的な女性と縁があるなあと思う。
「じゃあ、えっと、場所はどの辺ですか? あ、柏木さんが自分で操作してみます?」とテーブルの方を見ながら、柏木さんに勧めてみる。
「それじゃあ、やってみますね」と柏木さんは軽く袖を捲くった。
僕は一つ隣の席にずれて、柏木さんにディスプレイ正面の席を譲った。三つ先の席に座っていた柏木さんが隣の席に移ってきた時、ほのかに良い匂いがした。シャンプーの匂いなのか、香水の匂いなのか、化粧の匂いなのか、それとも女の人は皆こんな匂いなのか。僕にはわからなかったけれど、甘い匂いだった。
「ここが、検索欄です。あ、音声認識もあるみたいです。大体の場所を言ってみてください。後はgoogleマップと大体同じです」と僕は先輩面で柏木さんにレクチャーし始める。
「はい、じゃあ、『白金台』」と柏木さんはディスプレイに少し顔を近づけながら、一文字ずつ区切るように丁寧に言った。ふっくらと柔らかそうな唇がゆっくりと形を変える様はとてもセクシーだった。そして『イ』の発音の時の顔が僕の脳内にベストショットとして保存された。
「えっと、ありました。わぁ、本当にチョークで人型がある。真上からの映像だからすぐわかりました」
はしゃぎ気味の柏木さんを見て、先ほどの心配は杞憂にすぎなかったな、と安心する。
「へぇ~、白金台に住んでるんですか?凄いですね」と関心する。
白金台って、通称セレブだか、マダムだかの街だっけ?
「そんな事無いですよ、白金台と言っても、別にみんながみんなお金持ちな訳じゃないですから」と言いながら柏木さんが少し大袈裟に顔の前で手の平を振った。
へぇー、柏木さんなら深窓の令嬢って言われても驚かないのに。
それからは、殺人現場周辺をくるくると画面を回転させたり、限界までズームして、砂粒の形がわかるくらいカメラが寄って、二人でびっくりしたりして遊んでいた。
「う~ん、何もないですね~」と柏木さんが呟いた。
真剣そうな柏木さんの顔を見て、僕はまた、自分の気が緩んでいた事に気付く。
「そうですね。何かあってもこれで見るより、直接、現場に行ったほうがわかりそうだし、現場は警察に任せたほうがいいかもしれませんね」
「じゃあ、私達はどうしましょう」
「う~ん」と考えながら、加藤さんも会話に参加してもらおうとテーブルの向こうを見ると、加藤さんは目を見開いて歯を食いしばりながらスマホでゲームと格闘していた。ヤクザもスマホゲーするのか、と思いつつ、話し掛けないほうが良さそうなので、放っておいた。
さて、これからどうしようと考えようとしていた時、後ろからガチャ、とドアが開く音と閻魔様の声が聞こえて来た。
「調子はどうだい?」とコーヒーカップを片手に閻魔様が再登場する。
「それが、行き詰っちゃってまして……」と僕が答える。
「どこで行き詰っているんだい? 5分だけ付き合ってあげよう」
「どこから手を付ければいいものかと……」
眉間に手を当てて頭を抱える閻魔様を見て、なんとか弁解しようとする。
「いや、何もしてないわけじゃないんですよ? 殺害現場を見たりしたんだけど、現地で警察が見つけられない物をディスプレイ越しに見つけられると思わないし、それから、ネットを見たり、ニュースを見たり……」
自分で言ってて、本当に何もしてないなと思う。
「はぁ~……なるほどね」とため息をつく閻魔様。「まぁ、詳しい使い方を加藤にしかしてなかったボクにも責任がある。いいかい? これはただのテーブルじゃない」
いや、流石にただのテーブルとは思っていませんよ? 馬鹿にしすぎじゃない? まぁ、馬鹿にされても仕方ない程不甲斐ない状況なのは認めるけど。
閻魔様が僕と柏木さんの間に割って入る。
「音声入力。マップ。小林聡の殺害現場」
ディスプレイに僕の殺害現場の航空映像が映る。
へぇ、そんな検索の仕方も出来るのかと関心する。
「付近100メートル。注射器」
『一致する検索結果は見つかりませんでした。』と表示される。
「付近200メートル。注射器」
すぐ近くにある病院が赤くなった。『←もしかして』とも表示されていた。
「これでも、警察のほうが有能だと思うかい?」
僕は目を丸くしながら首を横に振る。
「こんな感じで、ある程度曖昧な質問でも、コイツが勝手に判断して答えてくれる。現世のネット上にある情報からだけどね、天国のネットには接続できないようになってる。あぁ、現世のネットに繋がってる物ならパスワード付きのサイトなんかも見れる。スーパーハッカーみたいな物として活用してくれ」
そう言って閻魔様はコーヒーカップに口を付ける。
「凄い、凄すぎますよ。これで百人力だ」僕は興奮気味に答える。
実際、これで捜査進展に希望が見えて来た。
「天国には天才が腐るほどいるからね。死んでまで研究を辞めないなんてご苦労なことだよ。ちなみに、家庭用に量産されてない業務用だから壊すなよ」と言いながら閻魔様は身を引いて部屋から出て行こうとする。
「さて、柏木君、準備が出来たよ」とドアの前で閻魔様が柏木さんを呼んだ。
「え?柏木さんどこか行くんですか?」と閻魔様に尋ねる。
「プライベートな事だよ。事件には関係ない」
「すぐ戻りますね」そう言って柏木さんは席を立ち、二人はドアの向こうへ去って行った。




