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7話&8話

2日目午前10時



「──てしまった彼は、泣きながら帰路に着いたが、母親に心配は掛けまいと、近所の公園の水飲み場で顔を洗い、無理やりに精一杯の笑顔で帰宅して母親に遠足の報告をした」


 朦朧とする意識の中、閻魔様の声が聞こえる。


「その際、食後のおやつに担当教師から渡されていたアメ玉を一つ、『二つ貰ったから一つはお母さんにあげるね』と渡し、自室に戻るとベッドで布団を被り、また一人で泣いた」


 僕は昨日の体勢のまま体育座りで寝ていたらしい。少しだけ顔を上げ、真っ暗な部屋で閻魔様が書類を読んでいるのを確認してから、僕はまた体育座りのまま俯いた。


「お、起きたかな?もうしばらくそのままでいいよ。大事なところまで来たら知らせるから」


 言っている事の意味はわからなかったが、昨日の疲れが取れてないのか、とても気だるかったのでお言葉に甘える事にした。


「このようなエピソードからも、幼少期の彼は強い善の心を持っていたと思われる。小学校時代──」


 その後も、閻魔様は僕の生前ヒストリーを長々と語り続けたが、小学校の入学式のエピソードの途中で僕はまた眠りに落ちていた。




「──小林君、そろそろいいかな? 今やっと君が死んだ所まで読み終わった。これから君の進路相談に入るので、そろそろ起きてくれ給え。椅子を用意したからそっちに座り直してくれないか」


 肩を二回ほど叩かれて目が覚める。体育座りで寝ていた僕の顔の横には、僕が中学時代の美術の時間に木工で作らされたような簡素な木の椅子がポツンと置かれていた。僕は椅子に座り、手を組んで、膝の間に頭を垂らすような形でボ~っと地面を見つめながら閻魔様の話に耳を傾けた。


「昨日、上司に注意されてね、加藤と君の分の面接をやり直してる所だ。ちなみに、君の前回の書類を作成した奴は自殺課にトばされた」


 そう言いながら、閻魔様はカツカツと靴音を鳴らしながら席へ戻っていく。


「一応、一度説明して大体のことは理解してくれていると思うから、正規の手順をなぞって前回端折った所だけ説明を入れつつ君にいくつか質問するので、それに正直に答えてくれ」


 僕は閻魔様が椅子に登る所が小さい子が椅子に登る時みたいで可愛くて好きなので、少しだけ顔を上げて見たが、既に席に着いた後だった。今日の閻魔様は、うさぎさんのヘアピンを挿し、眼鏡を掛けていた。机の上には書類の他に大きな辞書のような本が数冊とノートパソコンが置かれていた。


「3つの行き先については説明したね? 未練が無ければ天国で悠々自適の生活、未練が有れば、善人は冥界で公務員、悪人は地獄で罰を受ける。善人悪人の判決は1週間の猶予期間の後、生前の行いを基に、別の閻魔に裁かれる」


「あぁ、猶予期間についても詳細を言ってなかったな。厳密には、ここへ来てから24時間×6の144時間以内に担当の閻魔に申し出て、そこで閻魔に未練は解消されたと判断されれば、仮入国許可証に判を貰える。一分、一秒の遅刻も許されない。許可証を持った来訪者は、閻魔が用意する天国行きの門を通って天国に行く。本当に未練が無ければ門は開き、天国で住民票を作成すれば晴れて天国の住民だ。」


 そう言って、書類をペラペラと捲ってから


「君の場合は来週の木曜、5月7日の午前3時が締め切りだ。それまでに未練を解消して、報告してくれ。未練解消が間に合わなかった場合や諦めた場合は次の場所で丸一日かけて善人か悪人かの審査を受ける事になる」


 閻魔様は少し時間を置き、僕からの質問を待っていたが、僕が黙って下を向いていると次の話に進んだ。


「君が善人の判定を受けるのは、正直、かなり厳しいと思う。未練を解消して天国行きを望む、これでよろしいかな?」


 いつに無く、閻魔様は真剣そうな声だ。


「はい」と僕は俯きながら答える。


「君の未練は『名探偵になりたかった』。未練解消の方針としては、以前、君に勧めた『注射器連続通り魔殺人事件』の犯人解明でいいかな? それで解消するかはわからないけど。ちなみに、職業への憧れが未練の場合、その職業の実態を見て失望する事によって未練が解消するケースもあるのだけれど、君の場合は架空の職業、と言えるのかな? に憧れがあるため、それも難しいと思う」


「はい」と僕は尚も俯きながら答える。


「代案としては、駄目で元々、『名探偵ごっこ』でもやってみるかい? 今なら特別にボクが犯人役をやってあげるよ。 名探偵役はもちろん君だ」


 僕は何も言わず、小さくため息をつく。


「ム~……」と言って、閻魔様は席を立ち、カツカツとこっちに歩いて来て僕の横に立つ。


 なんだろう? と顔を上げて閻魔様の顔を見ようとすると、閻魔様は僕の頬に軽くキスをした。


「な、なななななな?!」


 耳元の『チュッ』という音に驚き、ガタンッ、と音を立てて椅子から転げ落ちる。


 閻魔様は席に戻り、いつものように、よいしょと椅子に登っていつもの調子で話し始めた。


「少しは元気になったかな? 今のは昨日の君に対するお礼とご褒美だよ。昨日の事は加藤から聞いた。加藤の奴も大分丸くなっちゃって改心の兆しが見えてきた。改めて礼を言おう」


 閻魔様はニコッと笑い、笑顔を向けられた僕は頬に手を当てながら顔が赤くなっていくのがわかった。


「しかし、君のさっきまでの状態はちょっと異常だぞ、いくら疲れたからと言って、冥界じゃあ肉体的疲労はないんだ、精神的疲労だけであんな糸の切れた操り人形みたいな状態に普通なら、ならないんだよ」


 言われてみると、たしかにそんな気がする。そういえば、ここに初めて来た日の夜も、夜通しテーブルの端末をいじっていたのに全く眠くならなかったし、お腹も空かなかった。


「それじゃあ、さっき確認した事をこの書類に書いておいたから、一通り目を通して了承したら一番下にサインしてくれ給え」


 そう言ってペンと書類を渡され、一通り読んでから、椅子に書類を置いて、自分の名前を記入する。


「書きました」と書類を閻魔様に返したが、恥ずかしくて閻魔様の顔は直視できなかった。


「よろしい。では、天国行きを目指して未練解消に励んでくれ給え。そうそう、君が寝ている間に新しい協力者が来たよ。第三の被害者だ。犯人探しに協力してくれるそうだ」


 三人目の被害者と聞いて、本人には悪いけど、犯人探しに進展があるのではないかと期待が膨らむ。


「それと、ボクは土日休みでいないから、明日明後日に何かあったら……よほどの事があったら昨日みたいにスマホで連絡してくれ」と閻魔様が言い直す。


 さっきも言ってたけど週休2日制なのか。意外とホワイトな勤務先だなと思う。


「わかりました」と了承し、そそくさと僕は隣の部屋へ向かった。


 新しい協力者はどんな人だろうと少し緊張しながら──



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 2日目午前11時30分


「おぅ、お疲れぇ」


 部屋に入って来た僕を、昨日と同じ位置に座った加藤さんが出迎える。


 昨日、僕が座っていた席に薄いピンクのカーディガンと白いひらひらしたスカートを着た女性の後姿が見える。髪は少し茶色っぽくて毛先がカールしている。たぶん、ボブという髪型だと思う。


「お疲れ様です。えっと、二人は自己紹介終わったんですか?」と言いながら、女性と二つ席を空けて手前側の席に座る。


 女性の横顔が見える。


 歳は20代、僕と同じくらいか、少し下かな? とても綺麗で、優しそうな人だ。こういう髪型の人って、大体、優しそうに見えるけど、髪型を差し引いても、優しそうな人だなぁというのが第一印象。女子アナにいそうなタイプだな、とも思った。背中をピンと伸ばし、膝の上に手を乗せて、とても姿勢が良かったからかもしれない。


 彼女は、口をへの字にして、長いまつ毛にパッチリ二重のその眼から涙をポロポロと零し、ガッチガチに固まっていた。


 それを見て、思わず「ぅ……っ」と息を呑む。かわいそうに、どのくらいの時間、彼女は加藤さんとこの部屋で二人きりだったんだろうか。


 加藤さんは「ヘヘヘ……」と鼻の下を伸ばしながら、ニヤニヤと彼女の胸元を凝視していた。


「えっと、僕は小林聡、25歳です。あのぉ、とりあえず、安心してください。見た目はアレですけど危害はないですから。いざとなったら僕もいますし。ね?」


 自己紹介をしつつ、彼女を安心させようとする。加藤さん相手に、いざとなったら僕なんて何の役にも立たないだろうけど。


 女性は、顔だけこちらに向けて、しくしくと泣きながらも自己紹介を始めた。


柏木加奈子(かしわぎかなこ)…です。23歳…独身…です」


 駄目だ。緊張しすぎて、ちょっとおかしな自己紹介になってる。


「柏木さんですね、あっちの人は加藤さんです。30歳でしたっけ? ヤクザです。あっ、大丈夫です。大丈夫ですから」


 ヤクザは余計な情報だった。余計に怖がらせてしまう。あと、加藤さんの下の名前ってなんだっけ?


 柏木さんは膝に乗せていた白い小さなハンドバッグからハンカチを取り出し、それに顔を埋めてしまう。


「あぁ、どうしよう、加藤さんも手伝ってくださいよ」


 目の前で女性に泣かれた経験のない僕は混乱して、この世で一番頼ってはいけない人の手を借りようとしてしまう。


「んぁあ? おぅ、姉ちゃん、いい加減泣き止めよ、殺すぞ」


 やってしまった。と数秒前の自分の判断を悔やむ。


 僕がどうしたものかと、あたふたしていると、後ろの方から「ガチャリ」と音を立ててドアが開いた。


「やぁ、諸君、小林君には伝えたんだけど、一応。ボク、明日明後日いないから、緊急事態に限り、何かあったらボクに電話するように」とドアから顔だけ出して閻魔様が言う。


「緊急事態です!」そう言って僕は柏木さんを指差す。


 状況を把握した閻魔様は「アチャ~」と額に手を当てる。


「すまない、そこまで気が回らなかった。若くて容姿端麗な女性を加藤と二人きりで部屋に閉じ込めるだなんて、ボクは本当にどうにかしていたよ」


 そう言って、閻魔様は加藤さんに歩み寄り、胸倉を掴んでこう言った。


「オイ、加藤、お前、何回ヤった? その回数分だけ貴様の睾丸に釘を刺してやる」


 あまりにも物騒な閻魔様の台詞に、僕は股間がキュンとなって顔を歪ませる。


「あァァァ?! まだなンもしてねェよ、ころっゾ!」と加藤さんが激昂する。


 『まだ』という言葉が気になる。というか、そこまで最悪の事態はまったく想像していなかった。本当に何も無かったのか本気で心配になる。


「そうなのか? 柏木君、正直に言っていいぞ。君が望むだけの罰を加藤に与える事をボクが許す」


 柏木さんはハンカチで顔を隠しながら首を振る。


 この場合の首振りはどっちの意味だ? 何も無かったのか、それとも……


 閻魔様が加藤さんの胸倉から手を離し、今度は柏木さんの両肩に手を置き、問いかける。


「それじゃわからない、何も無かったのか?」


 柏木さんは無言で首を縦に振る。


「本当に何も無かったんだな? ボクに嘘を付くと舌を抜くよ?」


 閻魔様が再確認する。閻魔様に嘘を付くと本当に舌を抜かれてしまうんだろうかと少し気になる。


「何も……されてないです……」小さな声で柏木さんがそう答える。


 僕はその言葉を聞いて、ひとまず胸を撫で下ろす。


「じゃあ、なんだって柏木君は泣いているんだい、さっぱりわからないよ」と閻魔様が肩をすくめて僕の方を向き、尋ねて来た。


「いや、他にも泣いちゃう理由はたくさんあるでしょう。そもそも、女の人だったら加藤さんの顔見ただけで泣いちゃってもおかしくないですよ。僕はそれで泣いてるんだと思ってたんですけど、僕が入ってきた時にはもう泣いてて、あ、でも、今泣いてるのは加藤さんが殺すって言ったからかな?」と答える。


「ふぅ~む。そのくらいじゃ釘は打てないな……」と閻魔様は唇に指を当てる。


 閻魔様はもう一度、柏木さんの肩に手を置き、今度は頭を撫でながら慰める。


「柏木君、やっぱりやめとくかい? こんな奴ら、地獄に堕ちたってどうでもいいじゃないか。こんな思いをするくらいなら今すぐ天国に行く事をボクはお勧めするよ」


 ひどい事を言われた気がする。加藤さんはともかく、僕を含めたのは言葉のアヤだと信じたい。


 少し間が空いてから「……やります……やらせてください……」と柏木さんが今までで一番はっきりした声で答える。


「そうかい? それじゃあ、加藤には君に指一本触れさせない事をボクが約束する。彼の罵詈雑言や奇声はどうする事も出来ないが、接触さえ無ければそこまで怯える事はないだろう。泣き止んで顔を上げておくれ」と小さい子供をあやすように閻魔様が言う。


 しばらくしてから「……はい」と言って柏木さんがハンカチで涙を拭う。女性らしい、目尻と目頭だけを押さえ付けるような仕草で。


 僕は、改めて一安心した所で先ほどの神様の台詞の中におかしな所があった事に気づいた。『今すぐ天国に行く事を勧めるよ』?


 僕は訳がわからず、閻魔様に質問することにした。


「閻魔様、質問があるんですけど」


「何だい?」


「さっき、柏木さんに今すぐ天国に行くのはどうだいみたいな事言いませんでした?」


「言ったよ」


「えっと、柏木さんは天国に行けるんですか? ということは未練が無いって事ですよね? じゃあ、なんでここにいるんですか?」と再び、閻魔様に尋ねる。


「彼女はね、君達の事を知らせると、同じ連続殺人事件の被害者だから力になりたい、被害者が増えないように少しでも役立てればと協力を申し出てくれた。天国行きを1週間伸ばしてまでね」


 閻魔様の説明を聞いて、僕の人相見も馬鹿にならないなと思った。なんて優しい人なんだ。それに比べて、三人目の犠牲者が出て進展があった、なんて考えてた僕は。と自分を恥じた。


「へぇ~、いい奴だなぁ。ありがとヨ、姉ちゃん。さっきはゴメンな。これからよろしくナ」と加藤さんがテーブルに体を乗り出し、柏木さんに握手を求める。


 一瞬、ビクっと驚いてから柏木さんが恐る恐る手を伸ばす。手と手が触れると思った瞬間──


「キャンっ」と子犬のような鳴き声を上げて加藤さんがテーブルの向こうにぶっ倒れた。


「柏木君には触れさせないと言っただろう。本来なら警告するべきだったんだろうが、ソレは柏木君を泣かせた罰だ。命があるだけ有難いと思え」


 そんな冥界ジョークを飛ばしつつ、閻魔様はケラケラと笑った。


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