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第九十六歩「名付け愛」

「ぽぽぽっぽっ?(いい眺めでしょ?)」

「……周囲を一望出来る」


 謎の少年とともに私は高い木へと登っていく。

最初は一緒に手を繋いでと思ったが、少年は猿の様に枝への跳躍だけで

登っていく姿には驚嘆した。最初は落ちないか心配にもなったが

気付けば、中腹を越える辺りでその心配も無くなってきた。

何時でも〘ヨミちゃん〙だけは出せる様にとは心がけては居たけどね。

そうして、高い位置に組まれた休憩スペースに辿り着き、その場に座ると

感想を聞いてみた。ラナス君のグリフォンなど

飛行する騎乗動物の事も考えれば空を飛んだ経験位は

あるのかも知れない。故に高所の眺めの感動は薄いのかな?


「観測拠点としては十分とコレは評する」

「ぽぽっぽっぽぽぽっぽぽぽっぽっ?(綺麗とか素敵とか感じない?)」

「……この白い森は異質故、忌避されている」

「ぽぽぽっぽぽぽぽっぽぽぽっつぽぽっ?

 (それが感動しない事と関係あるの?)」

「……むぅっ」


 再び少年は黙りこくってしまった。シャイな子というよりは

慎重に言葉を選び過ぎていて何も語れないという感じだろうか?

私は別にそんな論評したい訳でもないから綺麗は綺麗でいいと思う。

そりゃ、語彙力で詩的に語るという事で感動を表現する事を

否定したい訳ではないけれども、この白い森の木々を眼下に

青く彼方まで広がる青空に白雲が薄っすらと見えるだけでも

それはそれでこう……いいじゃない! ダメなのかな?

私はそんな感じでゆったりとした空気の中

丘で食べていたお弁当の残りを広げていく。

どうぞっと差し出したのは木の実と朝作ってきた筍の煮物だ。


「コレは?」

「ぽぽっぽぽっぽぽぽぽっぽぽぽっぽぽぽぽっぽぽぽっ。

 (この森の木の実とお手製筍の水煮だよー)」

「見れば解る」

「ぽぽっぽぽぽっぽぽぽっぽぽっ?(筍を知ってるの?)」

「コレに知らない事はあまり無い。そして、違う」

「ぽっ?(ふぇ?)」


 じっと謎の少年はそのお弁当を見つめている。

うう、食べ掛け感が残ってしまったかな? 木の実も色が真っ白だし

これはちょっと初見で美味しいと思えなさそうではある。

ただ、続いた言葉に私は喜び勇んでしまった。

この子は筍を知ってるのかしら? ただ、そのリアクションは

敢えなく鬱陶しそうな視線を滲ませた無表情で返された訳だけども!

ふむふむ、全知全能設定系な子なのかな? また、発言が壮大だこと。

ただ、知らない解らない事もあるみたいだ。私の事かな?

まぁー、私は私自身ですらよく解ってないからねー。


「さっきも言っているがコレはこの森と敵対している。

 何故、施そうとする?」

「ぽぽっぽぽぽっぽぽっぽぽぽっぽぽぽっぽぽっ?

 (綺麗な景色見ながらのご飯は嫌い?)」

「そうではない。筍が食用としている地域があるとも知っているし

 また、毒が無いことも見て解る。故に解らない」

「ぽぽっぽぽぽぽっぽぽっぽぽぽっぽぽぽぽっぽぽっぽっ?

 (お腹一杯か夕ご飯食べられなくなるからダメとか?)」

「……違う」


 ちらりと私と顔を見て不思議そうにしては景色を再び見やる少年。

ううむ、食える時は食っとけ精神がすっかりサバイバルの間で

身に沁みてしまった身なあのだが、やはり皇族の軍隊所属となると

色々と規律とかあるのかな? ううむ、そもそも彼がなんで

軍隊に所属、同行しているのか? どういう役目かすらも知らない。

そして、初見で名前を聞けないらしいのでそこら辺も探れない。

まぁ、そんなこまけぇ事はどうでもいいので

コチラを向いたタイミングでひょいっと木のスプーンで

掬い上げた筍の煮物を口元へと運んで見る。


「ぽっぽぽぽぽっぽぽぽっ(じゃ、お一つどうぞ?)」

「んっ!? ………んむっ」

「ぽぽぽっぽぽっぽぽぽっ?(毒入ってないって解ってるんでしょ?)」

「むぅっ……」


 ふふ、一度死に掛けた私がその程度のジト目で怯む訳がない。

むしろ、ちょっとツボに入っているからそのままでも構わなくてよ?

ほれほれ、それより食べてみるが良いさ! 今朝は結構上手く出来たからね!

そうして唇と鼻先にちょっと冷めちゃった筍の水煮を付けられれば

恐る恐る唇を開けて一口食べてみる。ほんのちょっと齧り頭を引く様子が

警戒している小動物っぽい食べっぷりに見えて実にグッと来る。


「味が薄い上に苦かったり、甘かったりする」

「ぽぽぽぽっ?(美味しい?)」

「………………嫌いではない」

「ぽぽっぽっ♪(良かった♪)」


 そう言ったのを皮切りに少年は木の実を拾ってはじっと眺めた後

口に運び始める。ブツブツと感想というか考察をしている様だが

まぁ、それも味わい方なんだろう。


私は景色へと視線を戻す。目に見えるあの丘では

イケヅキ君がリトモさんから何かを伝えられている。

きっと明日は本当に色々あるんだろう。私はそれを止められない。

と言うか何をどうすれば良いのかすら解らない。


―私が相手の軍隊の前に出れば良いのか? 

―それともあの軍隊はこの森が欲しいのか?

―森ではなく、奥の楽園の飛竜に用があるのか?

―なんであんな大人数を展開しているのか?


そこら辺をこの子に……聞くのは野暮だ。

子供に聞き出す事じゃないよ、こんな事はね。

だから、私はやっぱり可愛いこの子とデートをするのだ。

その方が素敵でしょ? 生きる日々は出来るだけ素敵でありたいもの。


「質問をする。貴女は何故コレを此処に連れて来た」

「ぽっ、ぽぽぽっぽぽぽぽぽっぽっぽぽっ?

 (お、質問がようやく来たね?)」

「茶化すな。答えて」


 少年が時間に微睡み掛けると意を決した様に顔を上げて

光のないぼんやりとした瞳で私を見つめる。

ソノ視線に合わせる様に、私はにこりと微笑み返しながらも耳を傾ける。

うーん、そうだよね。普通はおかしいよね。

私も改めて聞かれると、自身のアホっぷりに頭が下がる。

この子が人ならざる何かで情報を集めていたり

今はこうやって私と話しているがイケヅキ君達

〘セイント・シール・エルフ〙を見れば襲い掛かるかも知れないし

私から何か聞き出した後、殺しに来るかも知れない。

事情さっぱりだものね。可能性はよくも悪くも無限大だ。


「ぽぽぽっ、ぽぽっぽぽぽぽっぽぽぽっぽぽぽっ。

 (明日、此処は消えちゃうかも知れないから)」

「可能性はある」

「ぽぽっ。ぽぽぽっ、ぽぽぽぽっぽぽぽっぽぽっ

 ぽぽぽっぽぽっぽっぽぽっぽぽぽぽっ。

 (そう。だから、こうやってこの美しいこの森を

 一人でも見た方がいいと思うの)」

「消えるモノを見る事に意味があるとは思えない」

「ぽぽぽっぽぽぽっぽぽっぽぽぽっぽぽっぽぽぽぽっ?

 (目に映った感情は思い出になるから良いじゃない?)」


けど、そんなのは知らないのよ。良いじゃない。

可愛い男の子が森とばったり出逢って

『デートがしたい』って言うのよ? こんなチャンスある?

戦闘体験、過去の歴史、そして迫り来る戦争体験。

色んな事がこの世界に来て起こっている。


 けれど、私はこの眼下に眺める不思議な森。

真っ白で喧嘩っ早いエルフが居て、博多弁で喋る飛竜が居て

変な生肉のスライムとか竹林とかのある中で

掃除したり、洗濯したり、毛皮に包まって寝たり

夜の獣の声に怖がったり、魚を獲って捌いたり

筍煮たり、ラジオ体操したり、ランニングしたり

そんなどーでも良い普通な日々がとっても楽しかったもの。

そして、今目の前の名前も知らぬこの子と

景色を眺めてイチャつくのも楽しい日々の一瞬な訳ですよ。


「この森を消した後、後悔させる為か?」

「ぽぽぽっぽぽっぽぽぽぽっぽっ(そんな先の事は知らないよ)」

「身勝手で無責任だ」

「ぽぽぽぽっぽぽっ?(幻滅した?)」

「…………………………………………黙秘する」


 あらん、想いを秘めるなんて素敵なことを聞いてしまった。

ふふーん、やっぱ明け透けなのもいいけどこういう

ちょっと遠回りで難解な子というのもやはり可愛いものだ。

イケヅキ君も素直に見えて芯が強いしっかりさんなので

こういったちょっと突いただけでまごまごしてしまう子も

また別の味わい深さがあるというものよ。


「貴女は何なのか聞きたい」

「ぽぽぽっぽぽぽぽっぽぽっぽっ?(名前も知らないのに?) 」

「もし、人に害為す化け物ならコレは滅せないといけない」

「ぽぽぽっ(なるほどね)」


 ぽりぽりと木の実を食べながらもようやく謎の少年の意図が解った。

まぁ、薄っすらと感じ取れては居たのだが

つまり今、私はかなりアンタッチャブルな存在らしい。

敵対しているとなると対処しなければならないし

この森のエルフや飛竜と協力して居ないなら今は同時に相手にしたくない。

うーん、腹を探られているとは言え、なんというかちょっとこの子は

不適格過ぎないか? どう考えてもコミュ障ってカテゴライズだよ?


「ぽぽぽっぽぽぽっぽぽっぽっ。ぽぽぽっ、ぽぽぽぽっぽぽぽっぽぽっ?

 (私は私が何かも解らないなぁ。むしろ、解ったら教えてくれない?)」

「コレが知らないのだ。難題過ぎる」

「ぽぽっ、ぽぽぽぽっぽぽぽっぽぽっ?

 (けど、何時かは解けるかもね?)」

「……むぅ」


 改めてこういう話を振られるとちょっと心が揺れてくる。

うーん、結構面白おかしく過ごしつつあったけど

まだ、私は〘八尺様〙が何なのか。何故此処に居るかも解らないんだよね。

いくら昔のこの土地やエルフの事を知ってもね。

私の事はこのままずっと解らないのかな?


【……ガッ……ピッー……ふちょちょう……修復ふかかかか】


 嗚呼、システムさんにちょっと無理をさせてしまった。

心配する気持ちは嬉しいけどその痛々しい音声っぷりは

逆にこっちが心配になってしまうよ。直るまでゆっくりしてて?

大丈夫だからね、私はね。ちょっとデートに雰囲気を出してるだけだって!

うーん、このまましんみりしては折角の可愛い男の子との出会いが

なんだか暗く終わってしまう。何か無いかな?


「ぽっ(あ、そうだ)」

「どうした?」

「ぽぽぽっぽぽぽっぽぽっぽぽぽっ!

 (あだ名を付けましょう!)」

「意味が解らない。必要性を問う」

「ぽぽぽっ、ぽぽぽっ!(呼ぶ時、便利!)」


 そんな訳で思いつきは言の葉として形となり

目の前のこの子にぶつけられる。そうそう、名前がないとね。

名前を知れないならあだ名をつければ良いじゃない!

と言う無茶振り提案を撮って出しの勢いでぶつけていく。

この子ももう色々と慣れ始めたのか驚きの感情があまり

感じ取れなくなってきた。うむ、適応は良いことだと私は思うよ!


「コレはコレ以外の何でもない。

明日、死ぬかも知れない貴女が好きに呼べばいい」

「ぽぽぽっぽぽっ~(じゃあぁねぇ~)」

「楽しいのか。良く解らない」

「ぽぽぽぽっぽぽっ。ぽぽっぽぽぽっ?

(“太陽の君”。そう呼ぶね?)」

「…………そうしたいなら好きにしろ」


 はい、決まりましたー! 私は人差し指を上げてびしりと

名前を付けて上げました。うんうん、なんかね。

この子は“太陽”みたいなんだ。此処に居るけど此処に居ない。

暖かいけど無表情、呼び掛けにはあまり応えないけど

それでも離れない。だから太陽みたいな君だから“太陽の君”。

うんうん、イイネ! しっくり来るよー。


「ぽぽぽっ(じゃあ、“太陽の君”。私を好きに呼んでいいよ)」

「……貴女は化け物だ。“名も知らぬ化け物”だ。それだけだ」

「ぽぽぽっ、ぽぽっ。ぽぽぽっぽぽっ、ぽぽぽぽっぽぽぽっぽぽぽっ?

(じゃあ、それで。長いけど他の化け物にその言い方しちゃダメだよ?)」


 うむ、そして私はどさくさに紛れてこの子から呼称を頂く。

“名も知らぬ化け物”なんて言われたらちょっと冷たく感じるが

私はこの子が全知全能っぽい感じの子だけど唯一知らない存在。

故にこの幻想世界で私だけが名も知らぬ、何か解らぬ存在で

彼の中に居続ける。それもそれで素敵だと思う訳ですよ。

心の特等席だと思えば、プレミアム感マシマシなんです。


「……こんなのでいいのか」

「ぽぽぽっぽぽぽっ♪(良いの良いの♪)」


 私は太陽の君の頭を撫でながらもこの気分の高揚を噛みしめる。

嗚呼、きっと明日は泣いてしまうかも知れない。

きっと明日は誰かを恨んだり、誰かへと怒ったりしてしまうかも知れない。

ただ、それでもこうやって今、コノ瞬間に私は美少年を愛でられる。

それで、それだけで、この世界はやっぱり美しいと間違えられる。

とっても素敵な事だと思うのですよ。


第九十七歩「同じ夢を見れる日を」に続く

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