第九十九歩「正義を願う者」
飛び込んできた飛竜状態のワイバーンさんの言葉に
石造りの砦の様な場所に居たワイバーン達とセイレーン達は
大慌てでその場の片付けを始める。羽をロングブーツの様な義足に
しまいこんではどたばたと片付けをし、水瓶に布を浸しては
口元が汚れた他の連中を拭いて回ったりと大慌てだ。
なんだか急に親が尋ねてくるので慌ててくる一人暮らしの学生みたい。
「変装衣装はいいとして、お前たちの胸元は何とかできんのか?」
「えー、急に言われてもー!」
「主様が急に来とーったい。やけん、こっちも急に対応する!」
「いたたたた! かんにん! 堪忍してー!」
「馬に乗ってお見えになる。俺は迎えに行ってくるけん後は任しぇた!」
ぐぎぎっとセイレーンの豊満過ぎる胸元を無理矢理締めようとしている
ワイバーンさんのテンパりっぷりを見るに相当焦っている様だ。
どうしよう、さっきまでの激重シリアス空間がドタバコメディ空間になってるよ。
むしろ、上司が来た方がシリアスになるんじゃないのか?
窓から頭を突っ込んでいるワイバーンさんが首を引き抜くと外へと
飛び立ってしまった。慌ただしくその場の後片付けをすること数分後
外で馬のいななきとがちゃがちゃと金属の擦れる音が聞こえてきた。
「リティカ・ルコネクト様おなあありいぃっ」
「いらっしゃったぞ!」
「ああーん、待ってーなー」
慌ただしく出ていく皆の後を私も着いていく。
そして、どうやら此処は薄暗い夜の森の中だということが解る。
緑の葉っぱに茶色の幹だから少なくとも〈封印の白き森〉ではない。
そして、外を見ると眩しく光る白銀の鎧に身を包んだ銀色の騎士達が
馬にまたがっており、その中の一番装飾が派手な白馬から
いかにも高そうな銀で作られた踏み台に足を下ろしている人物が一人。
白いヴェールに顔を覆っており、後ろの毛は膝裏まで伸び切った白髪。
肌も〘セイント・サーヴァント・ワイバーン〙の人化した時と
同じくらいにやや濁りのある白い色調で纏まっている。
背は低く、少年……いや少女だろうか? 胸元に隆起する物はなく
ごてごてと雛人形の様な白を貴重とした法衣を纏っていていた。
全く、この世界は隙きあらば性別不詳の人物をねじ込むな。
ああいうのは男の子だったら、女の子じゃなかったってがっかりされるし
逆に女の子だったら、男の娘期待勢のがっかりを誘発するし
無性は無性で特殊需要だって言うのに! とりあえず、あれがリティカ様か!
「面を上げよ」
「「ははっ!!」」
そうして、その前の前にはずらりと片膝で跪いている
〘セイント・サーヴァント・ワイバーン〙と
〘マギカ・ミュータント・セイレーン〙の面々達。
字面的に長いな、今思い返しても本当にフルネームは長いなこの二種族!
まぁ、そんなのはどうでもいいの。全員ばっと頭を伏せていて中
顔をあげていく。皆、まっすぐに見つめている中
性別不詳の白法衣の子を中心に白銀の騎士達がずらりと後ろに控えている。
おお、本当にこう整然と立ち並ばれると本当に偉い子って感じがするね。
「此度の任務、よく務めました。吾と同じく正義を求む者達とし
そなた達の働きは感嘆に値します。さて、それでは証拠は照査します」
「はっ! これを御覧ください」
そう言って、ワイバーンであろう中年の商人の格好をした人物が
カバンから瓶を取り出してくる。それは青白く光り輝いており
夜の星空に照らされればドコか幻想的な宇宙みたいな感覚を
想起させるとても美しい瓶であった。ただ、何故だろう?
本能的に私はアレに親しい物を感じ、そして畏れをも感じ取れる。
何処か懐かしくも遠い様な謎の感慨を私の胸に刻んでいる。
何やら中年の商人袖口で鼻を抑えている様にも見えた。
「ふむ。例の〘深魔海〙の酒であるか」
「はい、量を飲めば目はまばたきを忘れ、首にエラが出来ます。
1年と経たずに〘深魔海〙の連中の同胞入りでしょう」
「それが出回っているのですね」
「漁村の幻の地酒としてまだ数は少数ですが。お納め下さい」
そう言って差し出された瓶へと目配せをすると近くの白銀の騎士が
それを受け取る。手に取った瞬間、何かの香りが強烈だったのだろうか?
もんどり打ちそうに顎を上げる動作が目についた。
相当匂いがキツイらしいのだが、リティカ様は気にしてなかった。
続いては前に出るのは関西弁のセイレーンの一人。
それが出すのは何やら革袋に包まれた後、やや薄緑色がかった粉末だ。
ハーブソルトの様に茎やら葉っぱの断片が残っている事から
何やら植物を粉末にした様な品だ。あー、これはなんか想像がつく。
絶対ヤバイお薬系だよね。これでただのハーブソルトでしたはないよね。
「こっちも見たって……じゃなくて、ええとご覧になって下さるです?」
「〘鳥人訛り〙は気にしません。普通に続けなさい」
「はっ、では失礼させていただきますぅ。
娼婦連中に出回っている薬やね。生理痛が収まる
仕事の時に気持ちよぅなれる、気分が良くなって目も冴える」
「典型的な麻薬ですか」
「そやねぇ。ただ、一番怖いんは薬物中毒の人が全然街で見掛けんのよ。
結構な量出回ってる筈なのに……ま、連中が連れ去ってるんやろか?」
最初は無理して標準語っぽく話そうとしている関西弁のセイレーンだが
流石に無理があったのかリティカ様直々に方言許可が出た。
どうやらこの世界では関西弁は〘鳥人訛り〙と言うらしい。
〘古代竜言語〙と違ってまた随分と格式もへったくれもない名称だ。
また、そういわれるとワイバーンさん達はどうやら報告の際は
きちんっと標準語っぽい喋りになっている。
これはこれで多分、こっちの共通言語があるのかな?
【[レガシーピース]再生中はスキルの取得が出来ません。
既存取得スキルの観覧は可能です】
「……(あ、了解ー。なるほど、それでシステムさんは静かだったのか)」
さっきから結構新規のワードが出ているが全然システムさんが
取得のアナウンスが無いと思ったらそういう事情なのね。
まぁー、そう考えれば自然だよね。実際に目にしてる訳じゃないんだし。
うむ、そして話の内容に戻るけど怖い。本当になんだよそれ。
麻薬が出回ってるって時点で怖いのにそれで中毒になった人が
忽然と姿を消すってもうホラーじゃん! 完全に仕組まれてるじゃん!
こっそりと連れて行かれてる? いや、けど中毒の人を攫ってどうするんだろ?
「最後に一部の酒場ではやはり人魚や魚人系の亜人類が酒場娘や娼婦として
出入りをしている様です。単純に彼女たちの見目も良いですが
何よりも〘深魔海〙も人化系のスキルの精度が上がっています」
「ふむ……報告のあった通り、随分と多方面から侵食を進めていますね」
「はい。この勢いなら一年持てばいい方でしょう。事前に手を打つべきかと」
深刻の色合いがより濃くなっていくワイバーンさんの顔色。
さっきの会話であった薬と女と酒ってのはこの事か。
麻薬単体でもヤバイし、娼婦やらが入り込んでそれをばらまいている。
更には中毒者も居なくなっているなんて本格的に国を傾けに来てるよね。
なんというか工作手段を思いつく限り全部やっているみたいなだ。
それだけこの国が恨まれているのか、それともちょくちょく名前の聞く
〘深魔海〙とか言う勢力が精力的に動いているのか。
「今回ですが、この国は半年間包囲監視しますが事態は放置します」
「なっ!? それは一体!」
「意図は私が来た理由でもあります。聞きなさい」
「はっ、拝聴させて頂きます」
おおっと此処でなんだかワイバーンさん達がざわつく。
まさかのリティカ様がこの一連を保留放置宣言?
え、これだけ攻勢を掛けてるのに何もしないってのは酷くない?
その様子にセイレーン達はワイバーン達より何倍も驚いた顔で
今にも口を開きそうになっている。それをワイバーンの数人が
目配せと肩を掴んで止めている様子に一触即発な危機感が煽られていた。
え、ほんとどういうことなの? 流石にその説明をほっとく気はないのか
リティカ様は話を続ける。ええ、私も拝聴させていただこうじゃないの!
「まず、今回の一件はあからさま過ぎます。
確かに酒も薬も女も〘深魔海〙の者共の仕業であるのでしょうが
見つかるのが早過ぎる上に手口が大胆過ぎます。
事前の報告含め隠蔽の痕跡もありません。
これなら吾等でなくてもすぐ見つかるでしょう」
「それは……確かに」
「恐らく彼奴らは吾に見つけさせ、国を滅ぼさせるのが目的でしょう。
確かに脅威とは言え、人の子が同じ人の子の国を焼かれる事で
吾への信用と信頼を損ね、国同士の緊張を高めるのが目的です」
「では、此度は一体どうすれば」
「各国の使者を呼んでいます。見聞きした事を王達が
信用する者を連れて来て、此度の来たる惨状を見て腰を上げさせます」
リティカ様の言葉に思わず唸る。あからさまな挑発行為ということ?
つまり〘深魔海〙側としてはこのワイバーンさん達が調べていた国は
滅びようがどうでも良くてむしろ、それを誘うのが狙いと。
それで喧伝する為に他の国の人を呼んで事態の成り行きを見せる。
うう、これは偉い人とか対局を見据えた人の判断とは言え
さっきまでこの国の事でしんみりしていたセイレーン達には
大分応えている様だ。動揺と不安が手に取る様に解る。
「恐れ多くも申し上げたく」
「申してみよ」
「それすらも狙い……という可能性はありませんでしょうか?
脅威を喧伝し、服従させる目的も伺えます」
「ありえます。ただ、どちらにせよ今世代でケリを付けます」
手を上げて具申するワイバーンの一人が告げると
あっさりとリティカ様もそれを認めている。うぉ、其処まで考えて?
いや、それにしても大分博打だよ。けど、このままというのも思う壺。
ええー!? これ、歴史だからもう事態は確定してるんだけど
私が当時、この状況に居たら全然判断できないよ?
高度な政治的判断って奴なんだろうか。リティカ様の言葉には
躊躇や迷いの一切が見られない。これはやると決めて此処に来てるね。
「あなた達は休暇を取った後、次の任務を割り振られるでしょう。
改めて、此度の務めをよく果たしました」
「「はっ! ありがたきお言葉」」
「では此処は吾達の使者を迎える部隊が使わせて頂きます。
今夜はゆっくりと休んだ後、戻ってから追って指示が出します。
明日、彼らに酒と何か与えられるモノがあれば渡して上げなさい」
「はっ!」
そう言ってリティカ様は指示を出した後、白銀の騎士達に連れられて
さっきまでワイバーンさん達が居た砦の近くに陣地を設営し始める。
セイレーン達が何かを言いたいが、それでも言葉に出来ない様子で
重い足取りで砦へと戻っていく。どちらも気になるが私としては
ワイバーンさん達の方へと一緒に戻っていった。
あの偉い白い子も気になるけど、やっぱりワイバーンさん達が
どういった経緯になっているのか気になるじゃない。
「うちら……なんやったんやろな」
「いや、任務としてはきちんとやっとーよ」
「でも、本来は酷い事が起きん様にすんのがうちらちゃうん?」
「〘深魔海〙に関わったらもう手遅れや。
どっちにしろ、国を滅ぼすんは変わらんと」
「せやかて!」
セイレーン達は皆、一応に涙目になっては肩を震わせている。
ワイバーン達も苦虫を噛み潰した様な表情を皆しており
とても自分たちの仕事に満足も納得もしている大人の顔ではない。
声を荒げているセイレーンの口元をワイバーンのおばちゃんが
慌てて口を塞いでいく。何度も何度も深く頷きつつもそのおばちゃんの目にも
涙が浮かんでいるが、ぐっと表情をこらえているのが見てとれた。
辛いなー。これ、ほんと辛くない? 私もう泣きそうだよ。
「なぁ、ワイバーンの兄さん。リティカ様、もうあかんのやない?」
「そげん事言うもんじゃなか」
「せやかて、あかんよ。確かにここいら一帯を守る為
あっちこっちで色々やっとったけど〘深魔海〙はドンドン逆手に取る」
「向こうとしたらリティカ様の行動と考えだけ読めばええもんなぁ」
思わず出てくるセイレーン達の言葉に、私はぎょっとしてしまうが
ワイバーン達も思うところがあるのか、反論の声は上がらなかった。
静かにたしなめはするけども、セイレーン達の言葉は止まらなかった。
うーん、ワンマン社長系のにはありがちって奴なのかな?
リーダーシップと決断力があり過ぎる分、周りも振り回されている。
いや、けどリティカ様もそんなに悪い人では無さそうだったけどね。
表情や言葉はすっごい落ち着いてたけど労いや配慮は忘れていない。
多分、当人としては感情でどうこうではないのだけど
其処を怠ると大変ってのを理解している感じだろうか?
行動所作に年季を感じるからきっと見た目よりずっと長生きしているのかも?
「第一、仮にそうやとしてんうちらでは手が出しぇん。あん龍は強過ぎる」
「勇者に力ば授けた後やとしてん、うち達が束になってん敵わん」
「うち等……ちょっと宛てが無い訳でも無いんや。
傭兵なんだけど負け知らずで恐ろしく強いんがおるんよ」
「そげん傭兵なんぞに頼って何とかなるん?」
う、リティカ様バトルも強いんですか。しかもワイバーンが束になっても?
あの楽園の〘セイント・フリード・ワイバーン〙達の数の迫力も
相当なもんだったけど、それすら意に介さない程ってよっぽどじゃない?
逆に聞きたいだけどセイレーンちゃん達さぁ。
そんな相手なんとか出来るの宛てってどんだけよ?
しかも傭兵ってそんな命懸けで頑張ってくれるもんなの?
私はもう当人達に尋ねたい位に言葉に聞き入っていた。
「 賢者の学び手って知らん? めっちゃ強いんやて」
うん? ロシカ……え? ロシカってあのロシカさん!?
第百歩「百の英雄譚 EpisodeX "太陽の惑い"」に続く