第九十八歩「正義の走狗」
「ぽぽぽっ、ぽぽっぽぽぽぽっ(それじゃ、まぁ良いけど)」
「僕も準備は大丈夫です」
うむ、了承してしまった。仕方ないよね?
そりゃ一大事だし気になるもんね? 故に私は今からシステムさんの
ウィンドウを開いては[レガシーピース]の選択をする。
大体の事情を今から話すのもアレなので私も初見である
〘正義の走狗〙を再生しようと思う。
確か、ワイバーンさんが人に化けて来た時に取得したモノだ。
今までのパターンからするとワイバーンさん達の話になるかもしれないね。
まぁ、なんだか大層に言っているが私が寝る前に
指先で空を描くおまじないをした後、夢見に出るって事にしている。
そう、今から私は初めて人前で[パーストポータル]の展開を
始める事になるわけなんですけども! 一つ大事な事があるんです。
「ぽぽぽぽっぽぽっ?(一言いい?)」
「ん? どうぞ?」
「ぽぽぽっ、ぽぽぽっぽぽぽぽっぽぽっぽぽぽっ! ぽぽぽぽっ!
(やっぱ、寝顔見られるのは恥ずかしい! やるけど!)」
「が、我慢して下さってありがとうございます!」
「ぽぽぽっぽぽっ、ぽぽぽっぽぽっ!
(という事で、ちょっと他所見てて!)」
「解りました!」
くっ、良いって事よ! はー、吐き出した吐き出した。
いやね。そんな寝顔とか今から見ますって言われるとか
人生で有り得ないじゃない? 手術で顔にメス入れますとかなら
シチュエーション的に解るけどね。普通に寝付いたのを覗かれる訳ですよ。
それも吐き出されても尚、きちんと感謝するイケヅキ君の優しさは
五臓六腑に染み渡るのです。私に五臓があるのか解らないんだけども!
さて、そんな訳で私は毛皮を敷き布団にし、荷物を枕にして
寝転がった後に[レガシーピース]の再生を始める。
ちらりと薄めで見るとちゃんとイケヅキ君も後ろを向いている。
よし、これで寝た振りをしながら再生するのに集中出来るよ!
【[パーストポータル]〘終焉に向かう正義〙を展開します。
[レガシーピース] 〘正義の走狗〙を再生します。
舞台展開中。現在時刻より地球時間180年程遡ります。
詳しい年月日等は現段階では特定出来ません。
現在、データを読み込み、構築中です】
システムさんの声に私は少し驚く。違和感の正体はすぐ解った。
〘終焉に向かう正義〙の方の[パーストポータル]は初めてだ。
今までは〘隠蔽されし森人の罪〙ばかりだったが
やはり、ワイバーンさん関係の話なのかもしれない。
私は毛皮に寝転がったままゆっくりと寝息を立て始める。
狸寝入りなのだが流石にいきなり意識を失うのはイケヅキ君も
驚いてしまうかも知れないからね。きっちり眠っている体は装うよ!
実際、瞼を閉じていると本当にウトウトしてくる。
焚き火のぱちぱちと枝の弾ける音と獣すら寝静まった夜の闇の中で
私の意識はそのまま溶けてしまいそうになっていった。
イケヅキ君は後からスキルで私の心を覗いてくる過程で
この様子を見てくるらしい。うう、恥ずかしいけど仕方ないね。
此処は大人のお姉さんとして頑張らないと。そんな決意を胸に
どろっと何時もの様に意識はブラックアウトした後、周囲から
書割の様に背景が描かれていくが今回はやや赴きが違う。
石造りの壁はまるで童話の絵本に出てくる様な簡素で
粗い作りであり、篝火や焚き火も薄暗い。
なんだか場所全体がひっそりと隠蔽されているかの様な
古い西洋建築だ。その中、生えて来る人物達は
フードを被った大人の男女が数人。こちらも馴染みはないが
ぱっと見てヨーロッパの人の昔の格好、あるいはファンタジー系の
ゲームに出てきそうな装束を来ている。
【[レガシーピース] 〘正義の走狗〙の再生を開始します】
そして、世界が動き出す。揺らめく焚き火の炎に照らされて
大人たちの影は不気味に揺れていく。服装などを改めて見ると
行商人や楽器を担いだ吟遊詩人、僧侶など……ああ、コレって
旅人に成りすます系の格好の鉄板って奴かも?
すると遅れて来たのか窓から飛び込む様に入ってくる
女性が数人入ってくる。見るからにセクシーで豊満な体型で
胸元がざっくりと開いていて傍らにはエプロンが抱えられている。
頭も白い頭巾が被っており、飲食店の店員さんっぽい。
「遅れてすまんなぁ。酔っ払い客がしつこぅて」
「もぅ、モテるのも困りもんやわぁ」
「よかばい。無事に戻れて何より」
「皆もごくろーさん。あ、これウチの店の余りモン。
摘みながら報告といこーや」
「む……何時もすまんね」
後から来た女性達のハツラツとした関西弁に加えて
返事をする他の大人たちは見事な博多弁での応酬をする。
おおぅ、此処は西日本ファンタジー幻想かい?
鍋を布で包んできたのを広がれば、中には鶏肉やら魚と野菜が
ごった煮になっている煮込み料理を近くにあった木のテーブルに広げる。
出る前に温め直したのか白い湯気が立ち上り
匂いがないのになんとも食欲がそそり、腹が減ってた数人は
群がる様に鍋へと向かう。夕ご飯前だったら完全な飯テロだったよ。
「ばってん、今回ん定期報告だが……」
「うむ、大変心苦しかが仕方なか」
取り皿も無いので皆、オタマで掬った具を手のひらに落とされては
そのまま口に放り込んでいく。熱くないのだろうか?
汁とかめっちゃ垂れてるんだけど、この世界の人だとコレが日常?
凄い、こっちのおばさんとか普通に鳥の骨ごと噛み砕いてるんだけど
ワイルド過ぎませんか? 胃に骨とか刺さらないの?
そんなワイルド過ぎるおすそ分けをしている大人達は皆
一応に空気も表情も暗かった。唯一、明るく取り繕っているのは
一番最後に来た関西弁の女性達だ。と言ってもなんとも
営業スマイルと言うか全員流れ作業で笑っている感が強い。
「あー、かったる! ウチ等もう羽広げてええ!?」
「うむ、見張りは外に居る。お前達なら問題なかやろ」
「おおきに」
「はぁー、二足歩行は疲れるわぁ」
「うち達もそうだ。ただ、流石に此処では戻れん」
そう言うと関西弁の女性グループはおもむろに前傾姿勢で
床に手を付くとばっとスカートが風になびきめくれ上がると同時に
つややかな生足はまるでサナギから蝶へと変身するかの様に割れては
中から真っ白な翼が出ていく。人間の生足はそのまま抜け殻の様に
閉じ直すとまっすぐ直立不動で動かなくなっていった。
これは……義足みたいなもんだろうか?
片手と人間の足に体重を掛ける様にしており
人間のシルエットなのに人外感が凄まじい事になっている。
「はぁー、で? ウチ等も客からちらほら聞いとったけど
……ぶっちゃけ、アカンの?」
「この国も結構やられてるんやろ?」
「うむ。酒、薬、女全てにおいて証拠は揃うてしもうた」
「そか……残念やね」
ぽりぽりと頭を羽の節目で掻きながらも関西弁女性陣の表情も
一応に暗くなっていった。それでもふるっと頭を左右に振るっては
オタマで料理を掬い、振る舞ったりしている。
どうやら関西弁グループの女性たちは随分と社交性が高いらしい。
他の博多弁グループの大人達も料理に舌鼓を打ったり仲間内で
話している間は時折明るいので元々根暗という訳では無さそうだが
明るさを取り繕え無いといった印象を私は受ける。
「〘深魔海〙の連中もほんまエゲツないなぁ」
「4~500年前は此処まで陰湿では無かったんやがな」
「やっぱ、頭が変わってからなん? うちら数年しか
生きておらんから、よー分からんねんけど」
「お前らはようやっとーばい。普通はうちら
〘セイント・サーヴァント・ワイバーン〙以外で
これだけ作戦ば任しゃるーんな居らん」
「そうそう、助かっとーばい」
「ふふふ、おーきに♪」
その言葉で確信を得る。この博多弁の大人グループは
どうやらワイバーンさん達の様だ。ただ、微妙に種族名が違っていた。
サーヴァント? アレ、えーと使い魔とかそんな感じだっけ?
それでさっきから魚の頭や鳥の骨をバリバリ食べたり
熱い汁を素手で受け取ってぐちゃぐちゃ食べても平気だったのか。
……いや、それはそれで日常溶け込むの大変そうだね。
普段はもっと演技しているのかしら?
それとは別に関西弁で足から羽が生えた女性達の言葉にも
一瞬どきりと胸を打っていく。数年……一応見た目は10代後半
あるいは20代前半位には見えるけどそんな早熟なの?
私みたいに記憶を失った転生勢かとも思ったが
流石にこれだけ人数が居て寄り集まっているのも不思議か。
「まーた、滅ぼすんやね。うちらの主さんは」
「仕方なかやろう。こんまま、野放しにする訳にもいかんめえ」
「子供もおっさんもおばちゃんも……よー笑うのを見たわ」
「そりゃ今までん国も同じだ」
「生きてりゃ笑うこともある。悲しかこともある」
羽を閉じては塞ぎ込む様に関西弁の羽つきおねーちゃんは
暗いトーンで呟いていく。食事をしていた他の大人達も
手を止めては視線を床へと落としていく。
うう、それを見ているだけの私までなんだか暗い気分に
飲まれている。こっちもこっちで何やらきな臭さ爆発だ。
そんな様子に耐えかねたのか関西弁の羽つきおねーちゃん集団は
一斉に笑い始める。
「あはは、すまんなぁ。うちら、まだコレでもピチピチの雛やねん」
「何百年もやっとるアンタ等とは違うて時々弱気になってまう」
「あはは、まだまだうちらも若いなぁ」
ひとしきり悲しい笑いは続いていく。どこか自棄っぱちの
突き放した様な言の葉を踊らせる中、博多弁のワイバーン達も
肩を揺らして笑いが伝染していった。異常な憂鬱さと
それに心をやられてしまったかの様に一応に皆笑っている。
うう、見ているだけでも気の重さが伝わってくる。
私は彼らの乾いた談笑を少し離れた位置の壁に背を預けて見ていた。
「うち達だって慣れとー訳でもなかくしゃ」
「せやかて、これも正義の為やろ? うちら正義の走狗や。
西に東に北に南、あっちこっちに使いっ走り」
「うち達は何百年もやっとーが他ん奴は大抵すぐに音ば上げる」
「うちらはあんたらの事よー見とるよ?」
なんだか慰め合う様にワイバーンのおばちゃんは
羽つきのおねーちゃんを抱きしめていく。それぞれ懐いている
個体が別なのか。あるおねーちゃんは僧侶の前に
別のおねーちゃんは屈強な剣士の首にじゃれついていく。
各々の心傷を癒やすための行動は暖かさの前に痛々しさが目立つね。
「うちなぁ……この任務の前に卵産んだんや」
「うちも。元気に孵っとるやろか?」
「お前たち〘マギカ・ミュータント・セイレーン〙は
ちゃんと管理はしとー。心配要らん」
「そやね……うん」
此処で初めて羽つきのおねーちゃん達の名前が出て来た。
えーとなんかこのおねーちゃん達も妙に種族名が長いな。
大体3単語をぶっ込むのがこの世界の法則なんだろうか?
〘マギカ・ミュータント・セイレーン〙って
えーとセイレーンってのは鳥だっけ?
確か人魚っぽいのも居たよーなと思っておねーちゃん達に
回り込んで見ると人間の腰元になっている部分の他にも
お腹の臀部辺りから下半身が魚になっている子も居る。
個体によって变化のスキルの習熟が違うのか
それとも生まれつきの個体差なのか解らない。
ただ、一応に皆、人間の足をロングブーツの様に並べ立て
その上に自分たちの体を付けて、本来の足はそのまま
背中へとぐるっと回って背中に羽が生えている様な形をしている。
なんだか変形ロボットのギミックみたいに羽を隠してるのね。
「逢いたいなぁ……ウチはこの前生まれた子一目見て
もう半年も見とらんよ」
「はは、うちは娘に30年は逢うとらんばい」
「……ワイバーンの兄さん姉さんはええよ。
長生きやから生きてるウチには逢えるやろ。
うちら、何年生きられるか分からんもん」
「これ! 不用意に言うんやない!」
「……せやかて」
思わずぽろりと愚痴るセイレーンの一人に
速攻でお説教が飛んでくる。中々重い内容が続いていて
私、もうギブアップしたいんですがダメですか?
イケヅキ君もコレ見てるんだよね? 大丈夫? 吐いてない?
情操教育的に絶対アウトな気がするんだけど。
その鬱鬱とした内容に辟易していた中、突然窓の所から
にゅっと白い鱗の頭が突っ込んでくる。おお、楽園で見慣れた
〘セイント・フリード・ワイバーン〙の顔だ。
こっちは何百年経っても変わらない様で……まぁ個体として
一緒なのか全く自信は無いのだけど、それでも
色んな意味で空気をぶち破ってくれたので大変ありがたい。
ただ、その様子に激昂する人に化けているワイバーン達。
「これ、スキルも使わんでどげんした!?」
「空ば飛んできたんか?! 誰かに見られたらどうする!」
「リティカ様が今からお見えになる!」
「なっ!? 主様が来るん!?」
息を吐き切らしては石造りの部屋の中の焚き火が揺れていく。
それでも詰め寄る様に説教する人に化けたワイバーン達を
見た後、絞り出す様な声で名前を告げた。
セイレーンのおねーちゃんが主様と言っているのだが
彼らの上司というか主人みたいな存在の名前なんだろうか。
「……(なんか、重い展開の割に可愛い響きの名前ね)」
うん。名前だけ聞いたらそう思うよね? 思わない?
私はそんな思考しか回らない位、既に憂鬱だったが
まだ、これがほんの序の口だったなんてね。
第九十九歩「正義を願う者」に続く




