エピローグ 男を変えるのは
実はそこから始まっていた。
そんな話。
「じゃあね、シア姉」
「えぇ、頑張んなさいよ」
「何をだよ」
卒業記念のパーティから一月。先日新年度の入学式と始業式が行われた。
宣言通りにルイスの王位継承権は剥奪され、慎ましやかになら一生を送れる程度の金額を渡され放逐される事になった。
やはりと言うか当然と言うか、メイサ・シーゼルがルイスの前に再び現れる事は無かった。
まぁ、ほぼ社交界でも避けられる事が決まったに等しい彼女が今後どうするのか楽しみと言えば楽しみな所ではある。
「5年ね」
「は?」
「それ以上、行き遅れるのはゴメンだわ」
「ハッ、ハハハ。シア姉には勝てないか」
当たり前でしょ。
私を誰だと思ってるのよ。
「いっその事、シア姉が王位取っちゃえば?」
「最後の手段としては、考えてはあるわ」
そうすると、ますます結婚が遠のきそうで嫌なのよね。
去り行く弟の後姿を見送りながら今後について思いを馳せる。
馬だと辿り着くまでに1月ちょっと、きっと飛び回ってるだろうから実際に会えるのはもう少し先。
現行での信頼度は無いに等しいだろうから……。
「まぁ、頑張んなさい」
「それにしても。まさかルイス様がこうなるとは」
見送りに付いてきていた副官のシスが嘆くように呟く。
「しょうがないでしょ。男を変えるのはいつも女よ」
「とは言え、あんな女に引っかかるとは」
「違うわよ」
多分シスが考えている事は間違っている。
「違う?」
「そう、皆勘違いしてるのよね」
ルイスは優秀だった。名君と成るのに十分な資質と才覚を持っていた。
だが、一人の少女との出会いがルイスを変えた。
「どういう意味です?」
「さて、どういう事かしらね」
いずれ分かるわよ。
「それより報告は聞いた? ベリアルの件」
「はい、魔境でドラゴンを1体討伐したと」
「裏は?」
「まだですが、以前のような虚偽とは違う気がします」
でしょうね。
「私もそう思うわ。そして、これからそんな報告がバンバン来るんでしょうね」
「え? どうしてですか?」
そりゃあ、女の身でありながら(ぶっちぎりで)学院随一の剣の使い手にして、習得に半生を要すると言われる空間魔法のコツを3日で掴み、王国に200人しかいない竜騎士以上に飛竜を乗りこなす。
そんな御令嬢があそこには居るのだから。
魔境の制圧に5年も不可能ではない。
あの2人なら。
ルイスの才覚は歴代の名君に劣らない。
孤独な名君というのは少ない。必ず支えてくれる優秀な家臣が居る。
つまり名君と言われる者の才覚として「人を見る目」という物が必要だという事。
当然ルイスにもそれは有った。
そんなルイスが気が付かない筈がない。
最愛の女性が、日々に退屈している事に、学院ではつまらないのだという事に、政界や社交界等では満たされないという事に。
その立場から、その先の生活がどんな物になるのかは想像に難くない。
ならば如何するべきなのか?
彼女を退屈とは無縁の世界に連れて行かなければいけない。
彼女を中央に置いてはおけないと思わせる何かが起きなければいけない。
その為には、ただの婚約破棄では意味が無い。
ルイスは最愛の女性の為に全てを捨てる事にしたのだ。
「あの子には期待していたんだけどなー」
いや、今でもまだ期待はしている。
計画はまだ途中なのかもしれない。
だが、予想を裏切られたのは事実。
幼い頃から十分に理解していたようだった王族としての責務。
1人の女性の為にそれを捨てるとは思わなかった。
「いつの世も男を変えるのは女。か」
全くその通りだ。
実はルイスの思惑通りだったというお話。
お読み頂きありがとうございました。