『追憶file.美月アリス⑽─交換条件─』
フレデリカの言葉に、相津の表情がみるみる怒りに染まっていく。
クスクスと笑うフレデリカに耐えきれなくなり、相津が叫んだ。
「なぜお前がそのことを知っている!?」
するとフレデリカは、相津をおちょくるように首を傾げた。
「あらあら……」
「いったい何のことかしら?」
「【Zero】のこと?それとも、リーダーのこと?」
相津は、いつもの冷静さを完全に失っていた。
怒りに震えた手が懐へ伸びる。
そして──。
ジャキッ!
銃を抜き、フレデリカへ突きつけた。
「とぼけるなっ!」
「この眼……『アイズ』のこと……」
「ましてや『オリジナルセンス』のことまで知っているとなると……」
「お前は【SENSE】の手の者か!」
激しい口調で問い詰める相津。
しかし、フレデリカはまったく動じなかった。
「まあ……」
「銃なんか出しちゃって、あたしを撃つつもり?」
「あたしは無断で侵入したとはいえ、それ以外はまだ何もしていない、ただの一般人よ?」
その瞬間だった。
バンッ!
銃声が留置場に響き渡る。
銃弾がフレデリカの顔のすぐ横を通り過ぎ、背後の壁へ突き刺さった。
「いいから、答えろっ!」
相津は銃を構えたまま、さらに声を荒らげる。
しかし──。
「……はぁ」
フレデリカは小さくため息をついた。
そして、先ほどまでの軽い雰囲気が消える。
その瞬間。
周囲の空気が、一気に張り詰めた。
「……いい加減にしなさい」
「あなた……」
フレデリカは相津を真っ直ぐに見据える。
「それじゃあ……0点よ」
「……何?」
「せっかく、あたしがこうして"二人だけ"で話を聞いてあげているのに……」
「このままでいいの?」
その言葉と同時に、フレデリカから発せられる圧がさらに増していく。
相津もその異様な空気を感じ取り、徐々に冷静さを取り戻していった。
(0点……?)
(二人だけ……?)
相津は改めて、今の状況を振り返る。
(俺が……この状況にフレデリカを追い込んだはずだ)
(翔に合図を送り、アリスを下層へ落として柏木に見張らせる)
(そして俺が、フレデリカをこの場所まで追い詰めた……)
しかし──。
(……だが)
相津の脳裏に、ある疑問が浮かぶ。
(これが……全部、フレデリカの思惑だったとしたら?)
(最初から【Zero】や俺のことを知っていたのであれば、当然、警戒するはずだ)
(それなのに……)
(それでも、構わずこいつは正面からここへ来た)
(ということは……)
相津は一瞬だけ目を閉じる。
そして、ゆっくりと目を開いた。
深紅に輝く『アイズ』が、フレデリカを捉える。
二人の視線が交差した。
フレデリカは、相津の表情に浮かんだ変化を見逃さなかった。
「……気づいたみたいね」
そう呟くと、フレデリカは静かに問いかける。
「もう一度聞くわ」
「本当に、このままでいいの?」
「…………」
相津はしばらくフレデリカを見つめていた。
やがて銃をゆっくりと下ろす。
そして、懐へ戻した。
「……悪かった」
「化かし合いは……俺の負けだ」
フレデリカの口元が、僅かに笑う。
相津は続ける。
「この状況から、お前がどうやって逃げ切るつもりなのかは疑問だが……」
「俺をこの状況へ誘い込んだこと」
「そして、『オリジナルセンス』という言葉を出して、俺の心を乱したこと……」
「俺は、まんまとお前の思惑にハマったってわけだ」
相津は真っ直ぐにフレデリカを見据える。
「それで……」
「俺から何が聞きたい?」
「……」
「初めから狙いは、俺だったんだろ?」
静寂が、二人の間を包み込んだ。
しばらく相津を観察していたフレデリカだったが、おもむろに口を開いた。
「……80点」
「……は?」
相津が目を丸くする。
すると、フレデリカは腕を組みながら、少し不満そうに言った。
「『俺の負け』と言いつつ……」
「あんた、まだあたしがここから逃げられないと思っているでしょ?」
「……」
相津は答えずに黙り込む。
「まったく……あたしがその気になれば簡単にここから逃げられるわよ」
「くだらない小さなプライドを感じるわ」
「マイナス10点よ」
「はぁ!?」
相津が思わず間の抜けた声を上げる。
しかし、フレデリカは構わず続けた。
「それと!」
「……まだあるのかよ」
「あたしのことを『お前』って呼ばないでちょうだい!」
「あたしのほうが、ずーっと年上なんだから!」
「もっと敬いなさい!」
相津は呆れたように肩をすくめる。
「だったら敬われるような態度を取ってくれよ……」
「まあ、それはそれとして」
フレデリカはあっさりと話を切り替えた。
「あの状態からちゃんと冷静さを取り戻したこと」
「それに、あたしの思惑まで考えついたことは褒めてあげましょう」
「だから──80点!」
「良かったわね」
「あんた……なかなかの高得点よ?」
「……そうかよ」
そう言ってフレデリカは、相津の背中をパンパンと叩いた。
「ちょ、痛ぇって!」
背中を叩かれながら、相津は苦笑する。
どうやら、これがフレデリカの素の姿らしい。
先ほどまで張り詰めていた空気など、まるで嘘だったかのようだ。
相津は、自分の背中を豪快に叩きながら高らかに笑うフレデリカを見つめる。
「あははははは!」
「…………」
そして相津は、乾いた笑みを浮かべた。
(……なんなんだよ、こいつは……)
フレデリカがひとしきり笑い終えると、相津へと向き直った。
「さて……本題に入る前に、さっきあんたが言っていた"条件"っていうのを聞かせてもらおうかしら?」
相津も表情を引き締め、真剣な眼差しでフレデリカを見つめる。
「"お前"が──」
ギロリ。
相津が口にした瞬間、フレデリカから恐ろしく鋭い視線が飛んできた。
相津は一瞬だけ言葉を止め、咳払いをする。
「……"あんた"が言った通り、俺は『オリジナルセンス』の一人だ」
「あの"出来事"のあと、俺は柏木と出会い、警察に入った」
「【SENSE】を見つけて……壊滅させるためだ」
「だから、『怪盗ファントム』と呼ばれるあんたの広い知見から【SENSE】の情報を教えてもらうことを、交換条件にしようとしたんだよ」
相津の言葉を聞いたフレデリカは、しばらく黙って考え込む。
やがて、顔を上げた。
「仲間は……どうやって集めたの?」
「ジョージと翔のことか?」
「ああ。あいつらと出会ったのは偶然だが……【Zero】に誘ったのは、俺と柏木だ」
「背中を預ける仲間だからな……」
「誰彼構わず、簡単に入れられるようなものじゃねぇよ……」
「……そう」
フレデリカは、再び何かを考えるように黙り込む。
その様子を見ていた相津は、しばらく待ったあと、口を開いた。
「なあ……そろそろ教えてくれねぇか?」
「あんたは、何でここへ来たんだ?」
相津の言葉に、フレデリカはゆっくりと答えた。
「一つは、アリスの無事を確認するためよ」
まあ、当然といえば当然である。
相津は小さく頷き、次の言葉を待った。
「二つ目は……『オリジナルセンス』の一人である、あなたの目的を知りたかった」
フレデリカは相津の目を見つめる。
その表情には、先ほどまでの茶目っ気はなく、どこか悲しげな色が浮かんでいた。
「あの"出来事"は、あたしも知っているわ……」
「あなたたち『オリジナルセンス』が誕生した経緯もね……」
「だからこそ、警察となって【Zero】を作ったあなた本人の口から、その真意を聞きたかった」
「本当に……【SENSE】と戦うつもりなのね……」
「ああ。そのつもりだ」
相津は真っ直ぐにフレデリカの目を見据え、迷いのない声で答えた。
「そう……」
フレデリカは小さく呟くと、再び口を開いた。
「実は、【Zero】の存在自体は知っていたの」
「でも、まさか『アイズ』であるあなたがいるとは思っていなかったわ」
「アリスが捕まったことで、昼間のうちに【Zero】について調べてみたら……驚いたわ」
「それで予定を変更して……今のこの状況を作ったってわけよ」
相津はフレデリカの話を聞くと、問いかける。
「それで……」
「俺の目的を聞いて、あんたはここからどうするつもりなんだ?」
するとフレデリカは、ニッコリと微笑んだ。
「その答えが……三つ目」
「あたしからあなた……【Zero】への"交換条件"よ」
「【SENSE】の情報を提供してあげる代わりに──」
「『アリス』を【Zero】の仲間に加えてちょうだい」
「……は?」
相津は、フレデリカから告げられた突然の申し出に、再び目を丸くする。
そんな相津を見て、フレデリカは何事もなかったかのようにニッコリと微笑んだ。
「はあぁぁぁぁぁぁぁ!?」
珍しく声を張り上げた相津の雄叫びが、留置場内に響き渡った。
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