【1-14】 結託
ブレギア国政の間では、前日に中断した会議の続きが行われていた。
冒頭から議論されているのは、出師の兆しが見られる東方の大国・シイナに、いかように対処すべきか――喫緊の課題である。
「……そこで、東方への援軍は、宰相に率いていただきたいと思うが、いかがかな」
痘痕の残る頬をゆがめ――無理やりつくったかのような笑顔で、ウテカ=ホーンスキンは国政の間を睨めまわした。
この提案にはたまらず、西側末席の本人も銀色の眉を動かした。
しかし、宰相・ラヴァーダの眉よりも、同じ西側の席に列する武断派宿将・ナトフランタルの口の方が動きとしては速かった。
「宰相閣下お1人だけで、シイナ国軍を食い止めてこいとのお申し出か」
ウテカのつくり笑いが、たちまち剝がれ落ちる。
「ブルカン将軍を付けるだけでなく、アリアクへ向けて進軍しているボルハン将軍を呼び戻すと言っておるだろう」
直属の兵は、ブルカン隊・1,200、ボルハン隊・1,300であり、ラヴァーダ隊と合わせても4,000にも満たない兵数である。
「それだけで、シイナ軍5万を食い止めよと申されるかッ!?」
ナトフランタルは、顔面だけでなく地続きの頭部全体まで紅潮させた。
それへ宿将・ブイクも同調する。
「そもそも、ボルハン将軍が手勢を率いて首都を発ったのは、もう1週間も前の話じゃろうが」
彼を呼び戻すといっても、アリアク城塞までの道中も半ばに達しているはずだ。そこから東のトゥメン城塞までは、1,000キロもの距離がある。同将軍が合流するまで、1月半近く時を要するだろう。
「トゥメンも無人ではなかろう」
鬱陶しそうにウテカは説諭を試みるも、今度は草原生まれの宿将に阻まれる。
「東の国境の畜産兵も、せいぜい7,000程度じゃろうて」
呆れたように、ブルカンも先王義弟に向けて口を開いたのだ。
対シイナの拠点に詰める常備兵を併せても、やっと1万を超えるようでは、あまりにも心もとないではないか、と。
「安心しろ。余の配下から、歩兵6,000、騎兵1,000を付けてやる」
「……ッ!」
「……!?」
ウテカを追い込んでいたナトフランタル・ブイク・ブルカン等宿老衆は、口を半ば開けたまま押し黙った。彼等の怒気を含んだ問い掛け――それ対する回答が、意外な方向から発せられたからだ。
国政の間に列席した者は、一斉に声の方角――南側の中央席に座るレオン――に視線を向けた。
それまで、前国主の忘れ形見は椅子に深く座り、足と腕をそれぞれ組んでいた。前傾姿勢のため、やや衆目を集めたいまも金色の前髪が両目にかかり、その表情はうかがえない。まるで自ら存在を秘匿するような姿であった。
「……どうした、不足か」
積極攻勢ではなく、専守防衛である。しかもそれを指揮なすはラヴァーダであれば、数としては十分であろう――そう言いたげに、レオンは鼻を鳴らす。
ジャルグチと前国主ジュニア――東側と南側の各席――に、宿老たち――西側の席――は圧迫される形となった。
西側の席の主要な構成員であるバンブライは、ボルハンと共に同城塞に向けて出兵しており、この場にはいない。また、ドネガル兄弟も、既に西方アリアク城塞に詰めている。
「で、ですが、若君……?」
ブルカンの席に身を乗り出してまで訴えようとしたナトフランタルの顔前に、白磁のような掌をそっと広げられた。
久方ぶりにラヴァーダが立ち上がっていた。
「将軍、もうよい。私がトゥメン城塞に向かおう」
ひときわ澄んだ声が、国政の間に広がった。
「し、しかし……」
なおも食い下がろうとした老将の視界は、宰相のまとう民族衣装の白い背に閉ざされる。
「宰相、よくぞ申してくれた」
ウテカの快活な声がわざとらしく響いた。御親類衆筆頭は言葉を放ったものの、その視線は西側の席とは明後日の方向に向けられていた。
「帝国との決戦を前に、貴重なる御直卒の戦力を割いていただけるとの由、その御慈悲、ただただいたみいります」
ラヴァーダは、レオンに向けて頭を垂れた。
宰相の銀色の髪を前に、若君はより前傾姿勢をとる。
金色の帳を完全に降ろし、相手の謝意をやり過ごそうとしているかのようでもあった。
【作者からのお願い】
この先も「航跡」は続いていきます。
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ブレギア家臣団が乗った船(呉越同舟?)の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます。
【予 告】
次回、「秋風」お楽しみに。
首都東門の楼閣上には、レオンとその筆頭補佐官・トゥレムが立っていた。
「お風邪を召します。そろそろ、執務室へ戻られては……」
「……」
ブレギアの秋は深まりが早い。ラヴァーダたちが進む東の空からは、冷たい風が吹きつけ、レオンの淡い金色の髪を揺らした。




