【1-10】 東の大国、動く 上
ヴァナヘイム領侵攻の支度が整っていく。
「御令息・ケルトハ様および、バンブライ、ボルハン各将軍率いる先発隊歩兵2万、騎兵5,000が、5日前にアリアク城塞に向けて出立しております」
この日もブレギア国政の間では、東の面・席次筆頭のウテカ=ホーンスキンが、満足そうにうなずき、報告の続きを促していた。
ウテカの自称する旧官途名とやらは、国政審議の進行役も兼ねるらしい。
南の面・席次筆頭の御曹司――レオン=カーヴァルも、
西の面・末席の宰相――キアン=ラヴァーダも、
そこに居ないかのような振る舞いである。
もはや、この巨眼の痘痕面が、新国主に就任したかのごとき態度であった。
帝国暦384年10月、草原も実りの季節にさしかかりつつある。
宰相・ラヴァーダが取り組んできた富国強兵策の一環により、ブレギア国内では、春小麦の生産が盛んに行われていた。今年も収穫の時期が迫っている。
収穫を終えれば、長く厳しい冬が訪れる。連日、零下20度の日々が続くなど、この大草原に舞い降りる冬の峻烈さは、筆舌に尽くしがたい。
麦作が盛んになったとはいえ、ブレギアは畜産国家である。そうした厳寒期を前に、牧場の移動、飼料の準備、さらに輓馬の蹄鉄付け替えなどの冬支度は、一族総出で行う重労働であった。
昨年、「領民の負担過多」を大義名分に掲げ、帝国軍後方攪乱の作戦中止を提唱したウテカだったが、その舌の根が乾かぬうちに、このような時期に兵馬を動かしている。
第1部【12-7】一羽の白い鳥 3
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「ジャルグチ様以下、御親類衆様が率いられる中軍におかれましても、来週半ばには御出立いただけ……」
「申し上げますッ!」
補佐官たちが奏でる報告という名の小気味良い旋律は、無粋な情報官の1人が国政の間に飛び込んできたことによって中断された。
「……何ごとだ」
ウテカが不機嫌さを隠そうともせず、闖入者をにらみつける。あくまでも鷹揚に振る舞おうとしているが、その甲高い声は威厳に欠けた。
「トゥメン城塞より至急電!シ、シイナ国が、我が国へ侵攻せんと、出兵の兆しありとの由」
【世界地図】 航跡の舞台 ブレギア国編
「な、何だと!?」
「シ、シイナ国が……」
御親類衆およびレオンの補佐官衆は、みな椅子から飛び上がった。
「……」
宰相はティーカップに伸ばした白い手を止めた。
眠たそうだった宿老衆は、わずかに目を開いた。
【作者からのお願い】
この先も「航跡」は続いていきます。
西(ヴァナヘイム国)へ攻め入ろうとしていたら東(シイナ国)から攻め込まれるなんて、と焦った方、このページの下側にある「ブックマークに追加」や「いいね」ボタン、【☆☆☆☆☆】をタップいただけましたら幸いです。
ブレギア家臣団が乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます。
【予 告】
次回、「 東の大国、動く 下」お楽しみに。
「うちの軍事行動が筒抜けだったからだろうて」
宿老・ナトフランタルは頬杖をつきながら、東側の席へ一瞥をくれた。
「シイナの連中と不可侵条約を取り交わしたわけでもないからのぅ」
宿老・ブイクが合いの手を打つ。




