プロローグ
足元が突然すくわれるような——
あの、地面が抜けて体が落ちていく感覚が、前触れもなくやってきた。
誰かに足首をぎゅっと掴まれ、底なしの深みへと引きずり込まれるみたいだ。
内臓がひっくり返り、手足は見えない糸でがっちり縛られて、びくとも動かない。
悪夢?
それとも昨夜興奮しすぎて、ベッドから転げ落ちたのか?
「早く起きろよ、このバカ!」
意識の奥で必死に叫ぶ。
今日はアップデート日——1.0の大バージョンがついに来た。
五年間隠されていたキャラクターがようやく解禁される。
興奮して夜中も寝付けなかったのに、なんでよりによってこの金縛りにあうんだ?
目の前が突然、光で切り裂かれた。
刺すような柔らかい光が収まると、俺は勢いよく「目を見開いた」——
違う、俺はしっかり目を閉じて無理やり起きようとしていたはずだ!
飛び込んできたのは、崩れかけた壁、砕けたステンドグラス、そして空気中に漂う、DNAに刻まれるほど馴染みのあるかすかな香りの煙。
ここは……廃墟の教会?
瞳孔がギュッと縮まる。
ここは『十八』の始まりの地。
セレスが目覚めた場所。
あの無口な主人公を操って何度も走り回った初心者村だ。
おいおい、まさか転生したのか?
「もし転生したら」なんて白昼夢はあったけど、いざ現実になると背筋がぞっとする。
周囲にはぷかぷかと浮遊する霊たち。
ゲームの中ではただの金運びの雑魚キャラだが、こんなに近くで見ると、なんだか陰気だ。
変なのは、そいつらが俺のすぐそばをうろついているのに全然攻撃してこないこと。
ただ目的もなくふらふらしているだけだ。
違う、そうじゃない。
今日はアップデート日だ。
みんなが待っていた隠しキャラの他に、1.0では新しいNPCが追加された——
遅れてやって来た「守護者」というらしい。初心者村でプレイヤーを迎える役だ。
前のテストサーバーでは、教会のこの場所は空っぽで、粗末なモデルが立って「おかえり」をループ再生するだけだった。
それがようやくちゃんと実装された。
必死に視線を動かし、教会の中央にある温かい光を放つ石の台座をじっと見つめる。
見えた。
淡い金色の光の中に、確かに一人の影が座っている。
長い髪が滝のように流れ、眉目は優しく、口元にはかすかな、人を安心させる笑みが浮かんでいる。
【あの人か?】
「動けよ、このクソ足! 早く動け!」
心の中で叫びまくるが、手足はやっぱり鉛を埋め込まれたみたいに硬直したままだ。
おかしい。
おかしすぎる。
なんで視界がこんなに低いんだ?
いつ三人称視点に切り替わった?
その時、教会の穏やかなBGMが突然変調し、ものすごく圧迫感のある、まるで檻の中のような効果音が割り込んできた。
【システム通知:プレイヤー実体と「セレス」意識の同時存在を検知しました。】
【優先度判定:プレイヤーを主とします。】
【「セレス」のキャラクター状態:休眠中。特定条件で解放可能。】
俺は呆然とした。
セレスが休眠?
じゃあ今の俺は何なんだ?
手遅れの古参プレイヤーである俺は、普段セレスを操作するときは立ち回りでどうにか生き延びてきたのに、今このよくわからない代物の体で、専用マップを持つ十五人の強者たちに単独で挑めっていうのか?
制作陣、本気で言ってるのか?
これ自害ボタンを押せって言ってるのと同じだろ!
「迷える旅人よ、ようやく目覚めたのですね。」
心臓の先を羽毛でくすぐられたような、かすかなささやきが、俺の取り留めのない考えを遮った。
あの守護者だ!
瞬間、全身が硬直し、呼吸さえ忘れた。
数歩の距離を挟んで、彼女はゆっくりと石の台座から立ち上がり、こちらへ歩いてくる。
長い髪が垂れ、スカートの裾が揺れる。
その優しい目には、人を安心させる光が宿っている。
彼女はまさに聖なる光の中に立っていて、絵画から抜け出した神様のようだ。
これが1.0で追加された「守護者」か。
以前の「おかえり」をループするだけの粗末なモデルとは、全然比べものにならない。
今まで俺は、彼女はただのプログラムだと思っていた。
でも今、彼女は本物の、まぎれもなく目の前に立っている。
【あああああ生きてる! 美しい! 優しい! こっちに来てる! 俺を見てるのか? 見てるよな! ママ、生きてるペーパーアイドルに会えたよ!】
——心の中で八百回は叫び回って、HPゲージが激しく脈打ち、おかしな赤字まで表示された。
「どうしてこんな姿なの?」
優しい声が再び響き、少し戸惑いを帯びている。
彼女はしゃがみ込み、その視線を……俺に向けて?
俺は下を向いた。
丸々としていて、手足は短く、全身ふわふわの布地の感触。
手を上げても、ぬいぐるみの短い腕が見えるだけだ。
俺、ぬいぐるみになってる?!
だから動けなかったのか!
ぬいぐるみに転生したのか!
モンスターじゃなくてよかった……
【違う違う違う! ぬいぐるみの体でボスと戦えっていうのか? これ即死しろって言ってるのと同じだろ! プランナー出てこい、話がある!】
「誰かにここに置き忘れられたのかしら?」
守護者は手を差し出し、その温かくて細長い手が、そっと俺をすくい上げる。
彼女の指先が俺の縫い目をなぞる。
その動作は、壊れ物を扱うかのように優しい。
【触られた触られた触られた——落ち着け落ち着け、俺はプレイヤーだ、プレイヤーに誇りはあるんだ! NPCに触られたくらいで——】
「あなた、たくさん糸があるのね。」
彼女の声には少し好奇心が混じっている。
「誰がこんな風に縫ったのかしら?」
【ううう、優しすぎる……これが「選ばれし者」の待遇ってやつか? 幸せすぎる……】
でも俺の口は縫い付けられていて、開けやしない。
彼女はそれに気づいたようで、わずかに眉をひそめ、指先で俺の口元をそっとひとすくい——
「はぁ——」
新鮮な空気が肺に流れ込み、俺は今にも泣き出しそうになった。
「話せる?」
彼女は首をかしげ、目をキラキラさせて期待していた。
「は、話せる……」
ぬいぐるみの口を必死に動かして、かさかさした声を出す。
「あ、ありがとう……」
【待て、俺は何て言えばいいんだ? キャラはどうすれば? セレスみたいな無口タイプ? それとも元のおバカな自分? 偽物ってバレないか?】
「どういたしまして。」
彼女は微笑んだ。
その笑顔は優しすぎて鼻の奥がツンとする。
「名前はあるの?」
「……リリィ。」
【しまった、なんでこの名前を言っちゃったんだ? セレスは? 俺はセレスだって言うべきだったのか? でもこの顔に向かって嘘はつけない……】
「リリィ。」
彼女は繰り返した。まるでその二文字を味わっているかのようだ。
「素敵な名前ね。私は朔。ここではみんな私を守護者と呼ぶけど、あなたは朔と呼んでいいわよ。」
俺は呆然とした。
ゲームの中のNPCが、自分の名前を名乗るなんて?
「リリィ、どうしてここにいるの?」
彼女は俺を手のひらに乗せ、もう一方の手でそっと俺を覆う。まるで温めているみたいに。
「ここは誰でも入れる場所じゃないの。選ばれし者だけがこの教会に来ることができるのよ。」
「わ、わからない……」
俺は本当のことを言った。
【言ってることは全部本当だ! アップデート待ちしてた不運なだけのプレイヤーだ! 誰か教えてくれ、なんで俺がぬいぐるみになってるんだ!】
「そうなのね。」
彼女は詮索せず、ただ俺を手のひらにぎゅっと寄せた。
「じゃあ、しばらくここにいなさい。外は危ないから。あなたは小さすぎて、食べられちゃうわ。」
その口調は穏やかで、ごく普通の事実を述べているだけのようだった。
それから彼女は振り返って石座のところへ戻り、俺を柔らかい小さなクッションの上に置いた——
そんなクッション、今まで一度もなかった。
「ここで休んでいいのよ。」
彼女は言った。
「思い出したら、教えてね。」
彼女は再び腰を下ろし、両手を膝の上で重ね、教会の扉の方を見つめた。
誰かを待っているかのように。
【誰を待ってるんだ? セレスか? それとも別の誰か?】
【本当のことを話すべきか? 俺は選ばれし者なんかじゃなくて、ただのバグでぬいぐるみの体に詰め込まれた不運なプレイヤーだって? 彼女がずっと待っていた人は今、俺の頭の中で眠っているって?】
【それとも……バカを決め込んで、この「守護者」の優しい庇護を享受し続ける?】
【ダメダメ、卑怯すぎる。でも……でももう少しだけここにいたい。ほんの少しだけ。】
「リリィ。」
彼女が突然また口を開いた。
「うん?」
「あなたの糸、一本緩んでるわ。」
彼女は手を伸ばし、指先で一本の細い縫い糸をつまんで、そっと引っ張った。
「縫い戻してあげるね、いい?」
「……うん。」
【糸を縫ってくれる…なんて細やかな人なんだ。】
彼女は懐から針を取り出し、篝の火の光を頼りに、一針一針縫ってくれる。
動作はとてもゆっくりで、とても優しく、まるで神聖な作業に取り組んでいるかのようだった。
「昔、私も縫い物をしたことがあるの。」
彼女はふと口を開いた。
「ずっとずっと昔に。」
「何を縫ったの?」
彼女は答えなかった。ただ縫い続けた。
【何を縫ったんだ? 何を縫ったんだよ! 話の途中でやめられたら気になって仕方ないだろ! これって伏線だよな? 絶対伏線だよな? 制作陣の謎掛け野郎!】
いつの間にか、俺は眠っていた。
ぬいぐるみは眠らなくていいはずなのに、彼女の手のひらが温かすぎて、篝の音が静かすぎた。
俺は彼女の手の中で丸まり、意識がゆっくりと沈んでいった。
ぼんやりとした中で、彼女が小さく呟くのが聞こえた。
「セレス様、あなたはいつになれば来られるのですか?」
声はとても軽く、独り言のように。
【セレス? 彼女はセレスを待っていたのか? なるほど、守護者とセレスは知り合いだったんだ。】
しかしそのすぐ後に、彼女はもう一言付け加えた。
「でも大丈夫。今はリリィがいるから。」
【……へっ?】
彼女の指が、縫い終えたばかりの糸の端をそっと撫でる。
その感触は何かの約束のように。
半分夢の中で、どこか変だと感じた。
でもあまりにも疲れていて、深く考える余裕はなかった。
【たぶん……大丈夫だろう。】
【彼女はただ優しいだけだし。】
【……そうだよね?】




